バイオハザード | ナノ






エイダ・ウォンは、とある半壊した屋敷の前を悠然とした様子で歩いていた。
右を見ればゾンビ、左を見てもゾンビ。
死者が練り歩く、死者の国となったこの街においても、彼女はいつもと変わらず、異常な程に冷静沈着であった。

――思い出すわね。あの街の事。

道の端で、物言わぬ死体の肉を貪るゾンビを尻目にエイダは過去に思いを馳せた。
あの時、あの田舎の街でも、同じ様な光景を飽きるほどに見たのだ。死者が生者を喰らい、生者が死者となり甦る悪夢のような光景。
だからといって彼女は死者達に同情する訳でも、悲劇を嘆く訳でもない。
通達された任務の目的は達成した。後はただ、この死臭漂う街を去れば良い。

「ごめんなさい。いちいち貴方達に構ってあげる程、お人好しじゃないの」

眼前に現れたかと思えば、腐敗した腕を伸ばし襲って来たゾンビ達。
恐ろしい怪物達に、まるで子どもに諭す様な口調で言えば、エイダはフックショットを放ち早々にその場を離脱した。

エイダは半壊した屋敷の屋根の上に降り立つ。その動作は目を見張るほど軽やかで、そして美しい。
彼女が一息ついたそのタイミングを見計らったかのように、ホルスターの通信機が着信を告げた。

「もしもし?……えぇ。サンプルは回収したわ。……そう。北のグラウンドね」

通信の用件は、任務の成否を確かめる事と、脱出経路の指示だった。
上司によれば、北のグラウンドにヘリを降下させるとの事だ。
あまり時間は無い。ルートを確認し、踵を返したエイダの耳に、微かな銃声の音が聞こえた。

――まさか。

聞こえたのはただの銃声だ。
それだけなのに、なじみ深い金髪の男の姿が脳裏に浮かび上がる。

「……レオン」

銃声が聞こえた方に視線を辿れば、やはりそこには彼の姿があった。
四方を大量のゾンビに囲まれ、孤立奮闘といった様子だ。
エイダが暫し見守っていると、やがて得物をショットガンに切り替えたレオンがゾンビの群れに穴を開け、その隙を縫うように走って行くのが見えた。

「……あのご様子だと、相当懐が寂しいようね」

くすり、と笑みを零す。
それはいつも彼女が浮かべる妖艶な笑みではなく、まるで子どもを見守る母親のような温かさを帯びた笑みだった。

エイダはヘリの降下ポイントの方角に背を向けると、フックショットで隣の建物の屋根へと移動する。
屋根から屋根へ。空を自由に飛び回る蝶のように移動する彼女は、やがてレオンを追い越し、目に着いた一軒家へと降り立った。
惨劇を免れたのか、破損が見られないこの建物にレオンは必ず目を付ける筈だ。
裏口から侵入したエイダは、広いリビングを見渡して、近くにあったテーブルに歩み寄った。
背負っていたアサルトライフルを中央に置き、そのわきに手持ちの予備の弾丸の大半を並べて行く。

――私は、何をしているんだろうか。

ふと、エイダの脳裏をそんな疑問が過ぎった。

レオン・S・ケネディは政府の指令を受けて動く、一流のエージェント。
自分にとって明確な敵というべき存在ではないが、それ以上に仲間でもない。
自らの目的を達する為に利用する事は多々あれど、今回はもうエイダはこの街を離脱するだけなのだ。
レオンに関わる必要はない。寧ろ、関わるべきではない筈だった。

「……何故かしらね」

エイダ自身も明確な答えは知らなかった。
ただ分かるのは、レオンはこんなつまらない所で死ぬべき人間ではないということ。
――あるいは、レオンに死んで欲しくないのか。

思い出すのは彼と初めて出会った、あの惨劇の街での出来事。
生死の淵に立たされた彼を救いたいと身を投げ出した過去の自分。

「結局は私も人の子って事かしら」

自嘲気味に笑った時、家の扉が勢いよく開く音が聞こえた。

――彼が来たらしい。

エイダはたった一言を記したメモをアサルトライフルの銃身に結び付けた。
驚いた彼の表情を思い浮かべると、まるで悪戯っ子のように心が跳ねる。

足音がこちらに近づいてくるのが聞こえる。
彼の鋭い気配を、肌で感じた。

「――精々頑張りなさい。“警官さん”」

その言葉を最後にいつもの妖艶な笑みを浮かべたエイダは、軽やかに窓から姿を消した。









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