FAIRY TAIL | ナノ






ぴちゃり、ぴちゃり。

むき出しの配管から漏れだす滴が、汚らしい下水の水面に波紋を作って落ちる。
寂れた寒々しい地下の通路に、無機質な機械音と低いうなり声、そして恐怖を訴える悲鳴が細々と反響した。

「だれ、か……誰かっ……!」

呆気なく捕える事に成功した男は、己の体を掴む硬質な爪の間で必死にもがいている。
男の落ち窪んだ瞳と目が合った。脳内にインストールされたデータと目の前の男の顔を照合される。

「ひぃっ……ひぃっ……!」

違う。人工的に植えつけられた思考は、そう結論付けた。
この男は違う。標的ではない、赤の他人だ。
――よって、生かす必要はない。

「やめろっ……!やめろぉ、いやだぁ……!」

ギシギシ、と不気味な音を立てて鋼鉄の爪が伸びる。
並みの刃よりも余程鋭いそれらは全て、哀れな男の急所という急所を狙っている。
肉を裂く音と断末魔。しんと静まり返った下水道に、屍が落ちる音が重々しく響いた。
足元に転がってきた男の頭部を造作もなく踏み潰した時、どこかで爆音が聞こえた。ここから遠くない。

――あっちだ。

感じた。標的が、求めるものがこの先にいる。
ガシャガシャ、と鋼鉄の爪が忙しなく空中を引っ掻き回す。まるでその様は生き物のように高揚、興奮しているかのようだ。

――今、行く。

感情などとうの昔に捨て去った筈だったが、彼を突き動かすのは一種の愛情にも似た、強い執着心だった。




******




「こっちだ!」

激しい爆音の中でどうにか拾ったエルザの声を頼りに、ジェラールはひたすらに走り続ける。
次の瞬間、遥か背後から銃弾をフルオートで撃ち出す独特の音が聞こえた。

「くそっ!」

勢いをつけて通路の曲がり角へ飛び込む。今の今までジェラールがいた場所を、無数の銃弾が通り抜けて行った。

「無事か!?」
「あぁ。何とかな」

答えながらジェラールが顔を上げると、エルザが懐から深緑色の小さなに似た何かを取り出すところだった。

「おいおい」
「伏せていろ!」

ジェラールが牽制の声を上げる間もない。
エルザは弾幕が止んだ一瞬の隙に、通路の中へピンを抜いた手榴弾を投げ込んだ。
二人が伏せるのと同時に激しい爆音と衝撃が通路を揺らす。
立ち込めた煙の向こうからジュアヴォ達の肉片が降って来て、びちゃびちゃと床や壁にぶつかった。

「あまり無茶をするなよ。崩れるぞ」
「む……。確かにそうだな。思った以上に脆いようだ」

ジェラールの注意する通り、二人がいる地下通路の天井からは絶えず破片が降り続いている。
特に今の爆発でその量が急速的に増えていた。いつ崩れてもおかしくない。
肩に積もった埃と破片を払いながらエルザは舌打ちして言った。

「地下通路から行けば外よりは多少安全だと踏んでいたんだがな」
「BSAAのヘリに付け狙われるよりはマシだろうさ。奴等、俺達が街を歩いているだけで化け物扱いだ」
「貴様の仲間は皆、ジュアヴォになっているんだ。そんな格好をしていれば誰だって襲われても文句は言えまい」

エルザはそう言いながら、ジェラールの腕に巻かれたイドニア反政府軍の腕章を一瞥した。

「ともかくここから移動しよう。派手にやりすぎたから他の連中が寄ってくるのも時間の問題……――」
「待て」

地下通路の出口に向かって歩き出そうとしたエルザを、ジェラールの鋭い声が制止する。

「ジェラール、どうした?」
「……何かいる」

怪訝そうにこちらを見つめるエルザとは目を合わせず、ジェラールの視線は彼女が向かおうとした薄暗い通路の先を凝視している。

「……何も見えんが」
「分かるんだ。そっちは行かない方が良い。回り道して……」

他の通路を探そうとジェラールが周囲を見渡した時、直ぐ傍の曲がり角から数体のジュアヴォが姿を現した。
気付いた時にはもう遅い。先頭のジュアヴォがジェラール達を見つけると、あの獣のような声で叫んで銃を構えた。

「くそっ!もう追手が……!」
「待て、エルザ!こっちに行こう!」

駈け出そうとしたエルザの手を掴み、ジェラールは別の通路へ走りこんだ。
後を追いながらも困惑も隠せないエルザが声を張り上げる。

「どうした!?そっちに行くと予定のルートから大幅に外れてしまうぞ!?」
「言っただろ!あっちには何かヤバいのがいる!迂回してでも避けるべきだ!」

その時、二人の背後からほえるような絶叫が聞こえて来た。
間違いない。二人を追いかけるジュアヴォ達の悲鳴だ。それに混じって、微かにだが何か巨大な物が走ってくるかのような重々しい音が聞こえる。

「……信じたほうが良さそうだな!」
「全く勘弁して欲しいよ」

次々と聞こえてくるジュアヴォ達の悲鳴に背中を押されるように二人は走り続けた。
ようやく日の光が照らす出口に辿り着いた時、今まで響いていたジュアヴォ達の断末魔の悲鳴を圧倒するような、凄まじい咆哮が轟く。

「何だ……っ!?」

余りに恐ろしい悲鳴にエルザの表情も流石に強張っている。
と、たった今二人が出て来た地下通路の出口から、巨大な異形がゆっくりとその姿を現した。







[prev:next ]
[top







第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -