FAIRY TAIL | ナノ
「凄い混み具合ですねぇ」
「ホント。皆気合入ってるわねー」
マグノリア市場一の菓子専門店が大変混雑する今日は2月の頭。世の女性達にとって一大勝負の決戦日であるバレンタインデーを翌週に控えた頃合いである。
ミラジェーンと一緒にギルドのメンバーに配る為のチョコを作る事を約束していたルーシィ。今日は材料調達の為にここまで繰り出してきた訳だが、そこで目にした大混雑に口があんぐり開いて閉じる気配がない。
「これからもっと混むわよ。その前に目的の物、調達しちゃいましょう」
「はい!」
――と、意気込んで店に乗り込んだのが一時間ほど前である。
よろよろ、と未だ熱気の納まらない店の中から出て来たルーシィの服はよれよれで、顔には激戦を潜りぬけて来た事による疲労が色濃く残っている。
それでも両手に抱えたチョコの材料を大事に抱え、放そうとしなかった。目標の量は何とか確保できたようだ。
「つ、疲れた……」
「あら。随分買い込んだのね」
ルーシィの後から、買い物袋を手に持ったミラが続いて出て来た。
全身ズタボロのルーシィに対し、こちらは驚く程にダメージが少ない。流石はS級魔道士といったところだろうか。
「だ、だって……ナツ達同じチームのメンバーは勿論、マカオやワカバからもせがまれて……!」
疲労の色が全くないミラに驚きながら弁解するルーシィは、ふとある事に気付いた。
「ミラさん、それだけで良いんですか?」
目を見開いたルーシィの視線の先には、ミラの持つ買い物袋。
自分の抱えるそれに比べると一回りも二回りも小さいそれに疑問を抱く。
ギルドの看板娘たる彼女は、男女問わずギルドメンバー全員に毎年手作りチョコを配っていると聞いた。
「ミラちゃんのチョコがやっぱ一番だよなぁ〜」
「料理に関しちゃ、やっぱプロフェッショナルだよなぁ〜」
「今年は何くれるのかなぁ〜」
そんな事をヘラヘラと抜かしていた男共の戯言を何度も聞いた。
そんなに美味しいのかな、とルーシィも期待を高ぶらせた。そしてあわよくばその技術を伝授して頂きたいという思惑もあって、一緒にチョコを作ってくれないかと申し込んだのだ。
ギルドメンバー全員に作るのだから、それには相応の量のチョコが必要な筈である。
しかし彼女の持つ袋に入っているのは板チョコが二、三枚程で、とてもメンバー全員分のチョコを作れるとは思えない。
当然の疑問にルーシィが尋ねるも、ミラは柔らかな微笑を崩さぬまま一度頷いた。
「えぇ。私はこれで十分」
「え……でも、毎年ギルドの皆に配ってるって聞いたんですけど」
「あぁ、皆の分はもう買ってあるのよ」
「なーんだ!そうなんですか!良かったー、ミラさんの手作りチョコ凄く美味しいって聞いてたから、私楽しみにしてたんです!」
「え?あ……ごめんね、ルーシィ」
声を弾ませるルーシィ。しかしそんな彼女を見て、ミラは申し訳なさそうに眉を潜めた。
「今年は皆に配る分のお菓子、既製品で済ませる事にしたの」
「えーっ!?何でですか?」
「……だって、そう言われちゃったから」
「へ?」
ミラの返答は何故か音量が小さく、ルーシィは聞きとる事が出来なかった。
「さ、そんな事は置いといて!早く帰ってチョコ作りましょうか」
「あ、待って下さいよ!じゃあその板チョコ何に使うんですか!?」
颯爽と歩きだしたミラの後を追いつつ、ルーシィが声を張り上げ尋ねた。
振り返った顔には相変わらず可憐な笑みが浮かんでいたが、その頬には不思議な赤みが差している。
「本命」
「ほ、んめい?」
「そ。嫉妬深い恋人さんに」
そう言ったミラが何気なく長い髪を掻き上げたその時、ルーシィはしっかりと見てしまった。
彼女の後ろ側の首元に残る赤い紋様。
ソれに誘発されるように脳裏をよぎる、我がギルド最強候補の男の顔。
「そ……そうですか」
これ以上足を突っ込むのは少々――否、かなり危険だろう。
気恥ずかしさもあって、ルーシィは黙ってミラの後を付いて歩いた。
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