FAIRY TAIL | ナノ






飛び散った鮮血は周囲一面を真っ赤に染め上げた。
繋がっていた糸が切れる様に全身の力がふっと抜け、視界が反転する。

その身を敵の凶刃に貫かれた彼の身体は深い深紅の中へと沈んだ。





深紅の華




俺は一体どうしたんだろう?
身体が動かない。身体を動かす為の力が入らない。
誰かに無理矢理抑えつけられているのとは違う、身体を動かす為の全身の機能その物が失われてしまったようだ。
それにしても脇腹のあたりがやけに疼く。怪我をしているんだろうか?何故……?

(――あぁ)

そうか、そうだった。そうだったな。
俺は敵の攻撃を受けたんだった。魔法を使った直後の一瞬の隙に、背後から何か鋭い物で突き刺されて。
最後に見えたのは腹から突き出した鋭い刃の切っ先。
鈍い光沢を放つそれは、俺の物であろう深紅の液に塗れていた。

(死ぬのか、俺は?)

その問いに答えるかのように霞む視界の隅で何かが動いた。良く見ればそれはつい先程まで自分が圧倒していた闇ギルドの一員であった。
狂気に顔を歪ませたその男の手には、生々しい赤が滴る剣が握られている。それが自分を貫いた剣に他ならないと他人事のように悟った。
男はどうやら背後から刺した敵がまだ息絶えていない事に気付いたらしい。ゆらり、ゆらりと覚束ない足取りで近付いて来る。

(死ぬんだな、俺は)

目前に迫る死を受け入れた時、俺の心は驚く程に静まり返っていた。
波風一つ立たない穏やかな海のように、風が吹かず雲もない空のように。
ただゆっくりと距離を縮めて来る死の存在を待つだけだった。


ふと、感覚のマヒした片手にほんの微かな違和感を感じた。
何だろう、何かを握っている?
力を振り絞り持ち上げた手には、小さな一輪の華が握られていた。
倒れた時に傍の茂みに咲いていた物の一つをもぎ取ってしまったのだろうか。
戦闘中だった為にきちんと確認はしなかったが、確か真っ白な華だったような気がする。
だが今は、自分の血に染まったそれは鮮やかな深紅色だった。

「―――っ」

死を前にして静まり返っていた俺の心に一つの波紋が広がる。
痛みを始めあらゆる感覚が消え去った俺の身体を、強い衝撃が駆け抜けた。
赤い赤い、どこまでも深く鮮やかな目の前の赤。
脳裏に浮かぶ幸福な記憶。俺の知るどの色よりも美しい深紅――スカーレット。

「……エルザ」

本当に小さな、囁き声とも呼べないような掠れたその一言。
それが起爆剤だったかのように、一度は抜けて行った力が全身に戻って来る。
闇ギルドの男が雄叫びと共に振り下ろした剣閃を間一髪でかわし、震える足に渇を入れて立ち上がった。
戻ったのは力だけではない。腹に走る激痛や疲労感に目眩を感じたが、今の俺にはそれを凌ぐ程の力が満ち溢れている。

「死ぬわけには、行かないよな」

握りしめた深紅の華を見れば、この場にいる筈もない彼女が傍で自分を励ましてくれているようで。
まだ立てる。まだ歩ける。まだ進める。まだ戦える。また――会える。

「ありがとう」

例えありもしない幻影の存在だったとしても。
彼女への感謝の言葉を短く述べた俺は、力強く地面を蹴った。










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