FAIRY TAIL | ナノ
「ん−……」
「……」
痛い、痛い、痛い。
さっきから横顔に突き刺さる視線が、物凄く痛い。
「あの……何か用かしら?」
吊り上がった眼光を自分に定めたまま微動だにしないピンク頭の少年に、ウルティアは遂にそう尋ねた。
火竜の眼は節穴
マグノリア付近の山脈を拠点とする闇ギルドの討伐。
大仕事を終えた後、折角だから『妖精の尻尾』に顔を出そうと言い出したのはウルティアだった。
“旅の予定が伸びる”だとか“ギルドの皆に迷惑だ”等と喚くジェラールをメルディと共に引き摺って連れて行き、ようやくこじんまりとした例の酒場に辿り着いてから、もう数時間が経つ。
案の定、『妖精の尻尾』メンバー達は歓声を上げ、突然現れた自分達を迷惑がる様子など無く、寧ろこちらが恐縮してしまう程に歓迎してくれた。
宴だ何だと魔道士達が暴れ回る中、ジェラールは奥のカウンターで飲み物を片手に微笑んで談笑している。
お相手は言うまでもなく、エルザだ。
(ホント、素直じゃないんだから)
ここに来るまではあんなに後ろめたそうな表情だったというのに。
自分達を出迎えてくれたメンバーの中にエルザの姿を見つけた途端、その顔は花が咲いたように輝き始めた。
本人は絶対に認めたがらないだろうが、やはりエルザの傍にいたいという想いが本心なのだろう。
普段は素直じゃない彼が、今は何のしがらみもなく心から笑っている。
そんな様子を少し離れた所から微笑ましい気分で見守っていたウルティア――だが。
「んー?」
呻くような声がすぐ横から聞こえて来たかと思えば、場面は冒頭へと戻る訳だ。
「いやぁ。用っていう訳じゃねぇんだがよ」
火竜より滅竜魔法を授かった炎の滅竜魔道士、ナツ・ドラグニル。
かつては敵対関係にあり、実際に魔法を交えた事もあるその少年が今、クンクンと優れた鼻を鳴らし、ウルティアを至近距離から凝視しているのだ。
「前から思ってたんだけどよ」
「……?」
「お前、ホントに女装得意だよなぁ」
「………」
そこに悪意や軽蔑の感情などない。ただ純粋に“感心した”と、ナツのキラキラとした目が言葉もなく物語っている。
ひくりと頬を引きつらせたウルティアの脳裏を、7年前の天狼島で戦った時、そして森で再開した時の彼とのやり取りが駆け抜けて行った。
「……女装」
「おう。いやぁ、マジでどんな方法使ってんだ?匂いだって香水で完璧に女と区別つかねぇし、髪もサラサラだし、胸もでけぇし」
さり気無く飛び出すセクハラ発言。
普段のウルティアなら問答無用で相手を八つ裂きにするところだが、先程も言ったようにナツに悪気は無い。
分からない事を親に聞く子どもの如き純粋さに、ウルティアの怒りも削がれてしまった。
ただ、これだけはいけない。
自分は断じて女装などしていない。れっきとした、本物の女である。
彼が勘違いしたまま周囲に女装女装と触れ回り、自分に変な噂が立つのは困る。
『女装が趣味のウルティア・ミルコビッチ』……考えただけで虫唾が走った。
だから、彼には今ここではっきりと分からなせなければならない。
「ナツ・ドラグニル。良く聞きなさい」
「お、何だ?上手な女装の仕方でも教えてくれんのか?」
わくわく、なんて効果音が聞こえてきそうな期待に満ちた表情を浮かべるナツに、ウルティアは冷酷に告げた。
「私は女装なんてしていないの」
「あん?」
「私は、本物の、女よ」
頭が弱いのか、抜けているのか。
ともかくナツに対し“物分かりが悪い”という印象を持つウルティアは、一句ずつ区切り、強調して言ってやった。
途端にナツの顔に走る衝撃。バックに激しい稲妻が見えそうだ。
「嘘……だろ?」
「ホントよ」
「そんな……!」
流石にそこまで驚かれると、こちらも傷ついて来る。
彼が鈍いんじゃなくて私に女の魅力が足りないのかしら?
一人で自問自答を始めたウルティアに、ナツが震える事でとんでもない事を言い放った。
「じゃあ、証拠見せろよ」
「……は?」
「テメーが女だって証拠を見せてみやがれ!」
びしり!真っ直ぐにウルティアを指差すナツの視線が、やや下がった。
何故だろう。全身に鳥肌が立つ。
「テメーが女だってんなら、アレがついてねぇ筈だ!」
「アレって……」
「あん?アレだよ、アレ。男についてて、女についてないモンっつったら一つしかねーだろ。ち―――」
ナツが“アレ”の正体を口にするその直前。
ウルティアの放った無数の水晶玉が、流星群の如く彼に降り注いだ。
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