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同時刻。
南区の端には怪しい人影が集まりつつあった。
「水篭(ミカゴ)様、我等が愛しき主へメールを送っておきましたわ」
「………」
「多分あの女が見たのでしょうがこれで手筈も揃いました」
薄暗い室内で埃がキラキラと光を反射する。
水篭と呼ばれた人間は窓から外を見るばかりで話している人間を見ようともしない。
「この紅(クレナイ)、必ずや水篭様の願いを叶えてみせますわ」
「ありがとう」
無機質な言葉が紅に降る。
紅はまだあどけなさが残る顔を痛々しく歪め、それでもなんとか水篭の気を引こうと笑う。
「水篭様、もし今回…成功しましたら、ご褒美を下さいませんか?」
「………」
そこで初めて水篭は紅を瞳に映した。
見ているのに見ていないような虚ろな瞳で。
「そうだね、紅」
マリアを思わせる程、慈愛に満ちた笑みを携えてなお、瞳に色はなかった。
しかし、ようやく自分を見つめた愛おしい人に、笑みに、紅は頬を染めるだけでその事には気付かなかったようだ。
「何が欲しいの」
「はい、あの…一度で構いません…そ、その…」
一気に真っ赤になる紅を見て水篭は何かを悟ると、その手を広げて紅を呼ぶ。
「わかった」
紅を腕におさめて水篭はきつく抱き寄せる。
「わかったよ」
嬉しそうに頬を染めた紅は、一生水篭の冷めた目に気付く事はないだろう。
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