ペティナイフは、人を刺すためにあるんじゃないんだ、知ってるか?
「なぁ、このナイフ借りてもいい?」
「ヒィッッ!!ヤメッ…ヤメテ…たす、け…っ!」
ペティナイフ―果物包丁―とは良く言ったもんだよな。こいつは薄く皮を剥く事や柔らかい身を切るのに適している。
そう、皮を剥いたり、
柔らかい身を切るのに。
「ぁ……?ぁあ゛ぁぁ゛ぁッ゛ッッア゛ァ゛あ゛っ!??や゛め゛ッ」
「痛い?」
ごめんな?
俺、
炎と違って人の痛みを感じるタイプじゃねぇの。
炎はよく知ってる。
だから俺を戦わせない。
俺の手が、朱く朱く染まって行くのを嫌うから。
「ぁあ゛ぁッ゛ヤメテッッア゛ァ゛ヤメテヤメテたすけぇ゛ッ゛ッッぁ゛ぁ」
「―――たい」
「ア゛ァ゛!!イダイ゛イダイ゛ッ゛い゛い゛い゛ぃッッ!?」
炎の喧嘩は綺麗だ。
圧倒的であるが故に汚い事をせずとも勝てる。
だから綺麗で、純粋だ。
「―い、たい」
「あ゛ぁぁぁ゛っ!!!!!!…………ッッ、っ」
「あい、たい」
俺の目には何にも映ってなかった。
気絶した男も、血だらけの自分も、なんにも。
ただ
「会いたい」
怖い夢を見たんだ。
お前が俺を置いていく。
喧嘩なら、お前が誰にも負けないって言い切れるのに。“死”だけは誰にも抗えない。
仕方がないってわかってる。
全員、必ず死ぬ。
わかってる。
なのに、
『当たり前』が怖い俺は臆病者か?
お前を失う事が怖い俺は、年上らしくないか?
俺らしくないか?
「会いたい」
呼んじゃダメだ。
絶対来てくれる。
それがわかってるだけでいいじゃないか。
帰って、着替えて、洗濯してシャワー浴びて。
明日、何もなかったみたいにお帰りって言うんだ。
大丈夫、できる。
俺は炎より年上で、
「炎」
感情で動くと後悔する。
「炎」
ゴメン。
ごめん。
年上なのに。
大人に成り切れなくて、
ホントゴメン。
『もしもし、萌黄君?どうしたのこんな時間に――――、萌黄君?』
ホント、ごめん。
会いたいんだ。
でも、言っちゃダメだ。
困らせる。
『萌黄君?』
年上なんだから。
我慢、しなくちゃ。
「…わりぃ、寝ぼけてかけた」
『………、…』
「寝る、オヤスミ」
大丈夫。
俺は、大丈夫。
『今、どこ?』
失敗した。
そう思った時には遅かったらしい。
電話をかけてしまった時点で、こうなることはわかっていたのに。
『迎え行くから』
わかってたのに。
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