息を荒げて闇を切り裂く。ヒールが走りにくくって、それでも脱ぐ時間が惜しいから走り続けて、
私は主のもとへ急ぐ。
早く、早く会いたい。
あの日の今日
本当の私を見つけてくれた、たった一人の人に。
大好きな、人に。
闇に混じって暗い道を風と一緒に駆け抜ける。
時折漏れる店の明かりに優しいオレンジが耳元で揺れた。
『ユエは月って意味があるんだ』
黒髪からチラチラと顔を出すソレはまるで雲間から出ては隠れる今日の月みたいだ。
『満月みたいに光り輝く時も、朧月夜の優しさも、三日月の鋭さも、朔の晩の危うい魅力も、どれも全部ユエにピッタリだ』
こんな私にも、優しく降り注ぐ柔らかな光。
『俺を照らす優しい光』
泣きたくなる程優しくて、それでいて強さを持ち合わせた、私の名前。
そうあれと願った主の為に、私は貴方を照らし護る月でありたい。
触れることは一生叶わなくとも、貴方に愛でられ、貴方を愛し続ける月。
報われない想いに身を焦がす幸せな月。
貴方の為だけにある月よ。
ねぇ、萌ちゃん。
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