「びっ…くり、した」


街を歩いていた俺と炎に、前から歩いてきたソイツはいきなりそう言ったのだ。
ビックリしたのはこっちだけどな、なんて、思っても口に出せる雰囲気ではないようだ。

彼は心底驚いたように炎を上から下まで何度も確認すると小さな声で

「鈴鳴、だよな」
「………」
「鈴鳴だろう?」

それは懇願にも近い声。
見るからに一般人って感じの彼は幼く見えるが多分炎と同い年くらいだろうか。

「萌黄君…」
「先、帰ってる」
「…ありがと」

なんとなくわかってはいたけど、"昔の"友達だろう。
出そうになるため息を飲み込んで俺は歩きだした。

「お前今まで何してたんだよ!俺らがどれだけ心配したと思って…っ!」
「カジ、落ち着いて」
「落ち着けるか!おばさんに聞いたら『息子は死にました』の一点張りだ、何があったんだよお前…っ」
「………カジ」

唇を噛み締めて、俺はどうにか走りたい衝動を堪える。
わかってはいた。
炎が全部を捨てて俺だけを選んだってことは、切り捨てられた側だっている。
つまり、彼は、そっち側の人間なんだろう。
だから炎は俺に帰るよう促したんだ、俺の責任なのに、俺が気にしないように。

俺の…責任、なのに。

年上だから、っていうわけじゃないんだ。
昔はわからなかったけれど、今ならわかる事がある。

一生側にいると決めた俺だから、俺の未来に責任を持つと決めた炎だから。

俺はお前の過去に責任を持ってやりたい。

呼吸を一つ、
俺は静かに踵を返す。

「萌黄君?」
「初めまして、話に割り込んで悪いけど炎の話じゃなくて"俺と炎"の問題なんだわ」
「え…あの…」
「春日居萌黄と言います、南でカフェを開いていて、炎もそこで働いて―‥」
「恋人だよ」
「―――――ぇ」
「炎」
「いいんだ、萌黄君」
「…っ、鈴鳴?」

炎は俺の掌を優しく握ると彼へと向き直った。

「もう、誰にも、嘘はつきたくないから」
「いいのか?」
「いい。カジ、俺は家からは勘当されてるんだ、それは良かったと思ってる」
「はぁっ?勘当!?」
「この人が好きなんだ、母さん達には感謝してるけど…これだけは譲れない」
「それ、で…家を出たのか」
「出たんじゃないよ、もう他人なんだ…言い方は悪いが事実だ。さっきも言った通り家族に関して言えばこれは良かったんだ」
「そんな!なんで一言も言ってくれなかったんだよ!」
「皆に何も言わずに消えたのは悪かったと思ってるよ、だけど、俺はどうしてもこの人が欲しかったんだ」

炎の手に力が篭る。
彼は理解できる範疇を越えたのかただ言葉なく佇む。
確かに、理解なんて出来ない話だろうな。

「カジ、久しぶりに会えて嬉しかったよ」
「―――‥すず、なり」
「すまないことをしたと思ってる、だけど後悔は一切ないんだ。俺はこの人と生きて行く」
「男、だろ?」
「関係ないよ」
「もし、別れる事になったらお前どーするんだ?帰る家も、何も…っ」
「それは安心してくれ、炎は近い将来『春日居』になる。もし別れる事になっても炎はうちの人間だ、ずっといればいい」
「萌黄君…?」
「前からこれだけは決めてたんだ、炎、俺らは結婚は出来なくても家族にはなれるんだ、お前には一生の居場所があるんだよ」
「―――――っ!」

別れる気はない。
でも、万が一、俺がいなくなってしまってもお前には居場所があるんだ。
もう何もなくさなくていいんだ。

「何年も、炎を心配していてくれてありがとう」
「あ、の」
「今は理解出来ないかもしれないけれど、いつか、ありのままの炎を受け入れてくれるなら俺と炎はここにいます」
「―――――‥ぁ」

名刺を一枚彼に手渡すと俺は深々と頭を下げた。

「ありがとう」

炎の友達でいてくれて。
心配、してくれて。

「あの、その、なんつーか…俺にはよくわかんねぇけど、幸せなんだよな?」
「もちろん」
「そ、そっか…」

彼は頭を掻いて困ったみたいに笑ったが、一度頷くと炎の肩を叩いた。

「今度困ったらちゃんと俺に言えよな、馬鹿野郎」
「…カジ」
「遊び行くよ、女房とガキもいるんだ、連れて行く」
「ああ、待ってる」
「かすがい、さん?あの…貴方も幸せですか?」

俺は答えなかった。
だけれども彼は俺の表情を見ると頷いて、小さくお辞儀をすると去って行った。

「一生の居場所、か」
「炎?」
「俺、ちょっと泣きそうになっちゃったよ」
「バーカ」
「酷い恋人だよ、全く」

そうだろうよ、お互いに。
こんな酷い恋人そういねぇぜ?

「ありがとう萌黄君」
「なんだよ急に」
「俺を愛してくれて」
「どっちが酷い恋人なんだか」
「……?」
「こんな路上で生殺しだ」

炎はおかしそうに笑ったけど泣いてたみたいだ。
俺らの日常はこんなに他愛ないのに、なんでこんなに愛おしいんだろう。





「帰ろう、俺らの家に」





一生の
二人の居場所へ。



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