嘆かわしい

跪いて手を合わせて、そうやって祈れば神に届くとでも思っているのか。神が願いを叶えてくれると信じているのか。

「虚しいなあ」

そういってからから笑う先輩を見ながら、俺はマグカップに口を付けた。濃いめに淹れたコーヒーが眠気をさらっていく。
旧約聖書に彼と同じ名を持つ人を見たことがある。イサクの名に相応しく、この人はいつもよく笑った。

「僕だったら自分の手を信じるけどなあ」
「自分の手しか信じられないんじゃないんですか」

こんな仕事をしていると。付け加える前に口を噤む。

「やだな、久々知のことはこの上なく信用してるよ」

そう言って、俺が淹れたコーヒーに口を付けた。
すっかり空になったマグカップをシンクに置くと、先輩は元のソファーに落ち着く前に部屋の大きな窓にかかるカーテンを引いた。俺は少し顔を顰める。この後の仕事を考えたら目立つ行為は避けたいものなのだけれど、伊作先輩は、俺の気持ちも分かっているだろうに、お構い無しだ。

「そういえば、昔の人は、神を星に例えていたこともあったそうだよ」
「へえ」
「今はすっかり星が少なくなってしまったから、神様も少なくて、僕たちにとっては好都合だな」

見咎められなくてすむ、ということだろうか。ついさっきまで神に祈って何になると散々言っていたのに。相変わらず、分からない男だった。

「ああ、今日は新月だね」

こちらを見てにこりと微笑む。

「神様に気をつけるんだよ」


外に出ると、両腕の真っ黒な手甲は闇に溶け、制服の下に着ている黒いシャツは自らの存在感をぐっと抑えてくれる。
任務前の、ある種の儀式とも呼べる深呼吸ついでに、先輩の言葉を意識したつもりは全く無いが、空を見た。途端に最後のあの笑みが頭をよぎって少しだけ背筋が寒くなった。

ああなるほど、

神様がこっちを見ていた



20110205 提出




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