電車から降りると、雪が降っていた。

今日もサービス残業。パソコンに長時間向かっていたおかげで目や腰はもちろん、体中ぼろぼろだった。
ホームの自販機で買ったホットコーヒーは既に冷め切っていて、口に含んだときの何とも言えない感じに思わず顔をしかめる。残っていた二口を一息に飲み干して、ゴミ箱に捨てた。

朝は晴れていたから、まさかここまで降るとは思いもしていなかった。コートの襟を立てて家路を急ぐ間に三回、駅でビニール傘を買わなかったことを後悔した。コンビニがあるのは自宅を越した、さらに向こうだ。
手袋なんてそんな高尚なものを持っているはずがなく、仕方なくポケットに両手をつっこんで寒さをしのぐ。

「あーさみい」

ため息も白く漂って雪の中に紛れて消えた。

自宅マンションのエントランスの明かりが見える。駅から徒歩十分の好立地であるはずだが、こんな日にはもっと長い時間歩いていたような感覚に陥る。
早く家の中に入りたいというのに、寒さで感覚のなくなった手では鍵を鍵穴にさすというそんな簡単な作業もままならない。俺の舌打ちが玄関前に響いた。もうインターホンを鳴らしてしまおうか。頭によぎった時、がちゃんと気持ちいい音がして、扉が勢いよく開かれた。

「うおっ!お前なあ!外に人がいんだからもっとゆっくり開けよ!」
「あーもううっせえ!音すんのに入ってこねえからわざわざ来てやったんだろうが!」

あーあー近所迷惑。まだ何か言いたげな顔の留三郎を無理矢理家の中に押しやる。

「……ただいま」
「…おう、おかえり」

この時期、俺の勤め先は忙しくなり、反対に留三郎のところは比較的時間が空くようで、俺より先に家に帰ってるなんてことはざらだ。ふと香ってきた香ばしい匂いに腹の虫が刺激される。
大学時代からだらだらと続けて来た同居生活。こんなに続くとは思わなかったという声も多い。多分、一番不思議に思ってるのは自分たちじゃないか、そんな自覚もある。


「そういえば、伊作から連絡あって、近いうちにどっか行かねえかって」
「…あいつは何年経っても学生気分だな」
「ははっ、違いねえ」

何年経っても、一番時間が動いていないのは俺たちだ、そんな確信が俺の中にあった。
なにも変わっていない。相変わらず顔を見れば売り言葉に買い言葉で言い合いになるし、それでも同居が続くというのはやはりお互いに気持ちが残っているからだろうし。(少なくとも、俺は、)

留三郎の器用さは無論料理にも遺憾なく発揮される。やたらときれいに焼き上がった卵焼き、盛りつけまで気を配られたサラダ。直接伝えたことは無いが、俺の記憶する限りこいつの作ったものを残したことは無かったはずだ。

「仙蔵も、久しぶりに日本に帰ってくるとかなんとか」
「は?あいつ海外行ってたのか」
「お前なあ……」

飲み会行っただろうが。
必要以上に呆れた顔で言われる。飲み会というのは、毎回仙蔵が企画していたもので、仙蔵が渡航するとともに自然消滅した毎月恒例の集まりのことだ。

「ああ、あったなあ」

ぼんやりとだが思い出した。何故記憶が曖昧なのだろうかと留三郎に問うと、即座に長い長い答えが返ってくる。お前は調子に乗って飲み過ぎてうんたらかんたら。

「そういや雪降っててぐっちゃぐちゃになりながら帰ったな」
「俺らが冬にどっか行くと必ず雪が降る」
「長次と小平太の野郎がいんのにな」
「逆だろ。小平太なんて雪降れーって未だに喚いてやがる」

友人たちの話、学生時代の話、最近の話、そういう他愛も無い話が一番続くものだ。それではこの関係がいつまで続くのか、たまに考える。人の心は読めないが、多分留三郎も少なからず思っていることだろう。
無益なものだ、俺たちの関係は。どちらかが手を離せば一瞬で消えてなくなるような。
俺は、こいつを手放さないでいてくれよ。
未来の自分にそう言い聞かせた。






20110309/リクエスト現代文食満




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