「仏様は本当に人間の形をしているのかって、たまに思うよ」

忍術学園に迷い込んだ猫の相手をしてやっている時に、彼がふとそんな風に零した。

「本当は、こいつみたいな猫なのかもしれない」


小松田さんの入門表のサインへの異常な執着は、何も人だけに向けられるものではない。
今は八左ヱ門の腕の中に収まっているこの猫も、それから逃れることができなかったらしく、墨で真っ黒になった右足を八左ヱ門は濡れた手ぬぐいで丁寧に拭いてやっていた。

小松田さんが学園に入ってくるすべての生物にサインを要求するように、八左ヱ門もこの世のすべての生物を愛した。
雷蔵の笑顔が万物を癒すように、八左ヱ門の笑顔は万物に光を与えた。
生物委員の飼育している生き物たちしかり、八左ヱ門に縋る生物は山といる。
俺も、その中の一匹にすぎない。

彼はたまに、自分が人間であることを後悔しているような顔をする。そんな時、きまって俺は言いようもない不安に押し潰されそうになった。
人一倍たくましい彼は、実は誰よりも脆いのだと思う。八左ヱ門は俺なんかが触れていいものではないのだ。


「あ、」

八左ヱ門の声に現実に引き戻される。見ると、つい先ほどまで喉を鳴らしていた猫が振り向きもせず行ってしまうところだった。

「はは、なんか兵助みたい」

八左ヱ門はやたらと俺を生き物にたとえたがる。俺に理解できた試しは無いが。
猫から八左ヱ門に視線を移すと、八左ヱ門も俺を見ていた。目が合うというのは、苦手だった。
二度目のまばたきの後、急に破顔一笑した八左ヱ門が腕を広げる。

「おいで」

三度目のまばたき。なんだか逃げられなくて、大人しく八左ヱ門の腕に収まる。
途端に悩んでいたことがすっといなくなっていく音がした。



きみが かみさま





20110224/BGM:お/しゃ/かしゃ/ま




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