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人魚は泡になったというけれどオレたちはなにになるのでしょう


向こうに見えるのは、何だろう。この目に今うつっているのは、何?
エレンはそれを見るために近づく。近づいて、ああ、と思い至る。あれは、いつかの兵長の姿。意識が朦朧とした中で見た、逆光のあの姿はとても美しかったから、今でもはっきりと覚えている。やっと、やっと一兵士として出会えたその喜びと、ああやはり彼は美しく、強いという確信似た何か、それから彼の神々しいまでの美しさに圧倒された、息もできないような、そんな思い出が(思い出だなんて言えるものではないのかもしれないけれど)一瞬にして閃く。それは、彼の、獲物を捉えたときの一閃のように輝いた。
不意に、その兵長の姿が崩れた。ガラガラと音がたつ気がするぐらい、そんな壊れ方。いつもの凛とした彼からは想像もできないくらい、あまりにも、なんというかーー普通に、崩れた。ヒビが入って、それから両腕が落ちた。落ちたときに音はしなかった。それはセメントで固めた何かのように脆くて、落ちたらその衝撃で割れてしまった。兵長の腕が。涙は出ない。あの腕に何度も憧れ、慰められたのに。それから、頭が落ちた。腕と同じように、落ちたときに壊れた。でもそれは粉々で、もうそれがなんだったのかなんてわからなかった。それからは全体が崩れだして、下に散らばった。
エレンはあっけなく壊れたそれに近づいた。なんとか原型を留めているものは腕に繋がれた手だけだった。それを手にとってみる。冷たくて、柔らかい。いつか、エレンを殴り、頬をはり、その頬をなぜ、ついでに頭をくしゃりとなぜたその手だ。エレンはそれに口づける。手の甲に、中指に、人差し指に、親指に、薬指に、小指に。それからそれを口に含んだ。それはとても簡単に、エレンの口の中でとけた。ふわ、と何も残さなかった。あえて言うなら、ほんのちょっとの甘みと寂しさを残して消え去った。どれだけ口に含んでみてもなんの感触もなく消えてしまうから、エレンはつまらなくなって途中までエレンの口内に消えた手をほっぽった。
それから、でも、どうしてもリヴァイだったものを失いたくなくて、足元に散らばったその欠片たちを手でかき集めて全て飲み込んだ。残ったのは、拾いきれなかった小さな欠片だけ。ふう、と息をはいて、エレンは立ち上がった。
と、なんだか後ろから視線を感じて振り返った。振り返ると、リヴァイがいて、あれ、と思う。今彼は崩れてエレンが体内におさめたはずなのに。
唐突に、エレンは気づく。次は、オレが崩れる番なんだ。ああ、なんだ、そんな、単純な話だったのか。エレンはハハッと笑って、リヴァイを見て、彼に向かって伸ばしたその指先から崩れた。




130703 りーく