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ハナヨメ


この、年増女が。
エレンは胸の内でそう吐き捨てた。目の前の女は何も知らずに兄と笑いあっている。真っ白でシンプルなウェディングドレスがよく似合っていた。
エレンが絶対に、一生立つことのできない場所を、軽々と奪った女。
結婚式なんて、やっぱり来るべきじゃなかった。披露宴になんて出席しなければよかった。
エレンは手に持ったグラスをゆっくりと口に運んだ。一口含んで嚥下する。太陽の光を集めてつくったようなその液体は、何の味もしなかった。
グラスから唇を離すと赤い口紅が付着していた。エレンはグラスを床に叩きつけて割ってやりたくなった。



エレンと笑って話しながら、リヴァイはそっと目を伏せた。彼の妹の視線に、どうしたって申し訳なさを感じてしまう。でも、それでも結婚したのは。
俺だって好きなんだよ。
ただひとつ、エレンのことが好きだから。申し訳ない、だがこれは譲るわけにはいかないのだ。絶対に。
彼を好きになってリヴァイの世界はキラキラと輝いた。毎日、彼のために生きていると言っても過言ではなかった。リヴァイを呼ぶ声も、髪を梳くその手も、全てリヴァイの世界の大部分を占めていた。
リヴァイは伏せた目を少しだけ開けて、エレンの唇を見つめた。彼は女二人の感情なんて何も知らずに喋り続けている。よく動く唇にリヴァイは噛み付いた。あの小娘に見せ付けるように。



エレンは静かに目を瞑った。両頬を涙が伝った。
くるりと二人に背を向けて、壁の方へ向かう。日の光に照らされた壁が、花嫁のドレスと同じように白く光って憎たらしかった。
壁にもたれてぼんやりする。
こんなのって、ない。
エレンは一人、頬を膨らました。
こんなのってあんまりだと思うぜ、兄貴。
彼はどうしたってエレンの兄であり、生涯を共にできる関係にはなり得ないのだ。ぎゅっと唇を噛み締める。ともすれば嗚咽が洩れてしまいそうだった。

壁の花を決め込んでいると、兄が寄ってきた。幸せそうに頬を桃色に染めて。こんな表情を彼にさせることができるのは彼女だけなのだと思うと腸が煮えくり返る思いだった。同時に、エレンに八つ当たりしようとしていた感情が、彼の表情を見た途端に霧散霧消してしまう。エレンはそんな自分にも腹が立って、涙を必死にこらえた。
「エレン」
「なあに」
「あー…楽しんでる?」
当たり障りのない言葉のつもり?
「まあ」
「そう。ねえ、泣いたの?目かゆい?でもこすっちゃダメだよ、折角綺麗なんだから」
そうやって唇動かさないでよ、ねえ。
「泣いてないよ」
「へえ?まあいいや。その服似合ってるね。綺麗」
あのひとより?
「ありがとう。兄貴もね」
「そりゃあどうも。
…ねえ、リヴァイさんのこと、苦手?」
当たり前でしょう。
「そんなことない、全然」
「そう?あのひと、目つき悪いけどすっげえいい人だし、その…ええと、もう家族なんだし!!」
そんな目で見ないでよ。
「うん。分かった」
「ああ、よろしくな。
えっと…じゃあ」
「じゃあね」
さようなら、兄貴。
オレの一番いとしいひと。一度でいいからあなたの唇にキスしてみたかった。そうしたら、どんなに、…どんなに。

エレンは自分をじっと見つめる女の視線を捕らえて、しばらく見つめ合っていた。彼女はとてもうつくしかった。
先に目を逸らしたのはエレンだった。
「オレも彼氏でもつくるかな」
彼以上に愛せる気なんて、今は全然しないけど。



140205 こまち