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何のために部屋に入ったのだか忘れてしまった。それ程に衝撃的だった。
どこからか入ってきた風に吹かれ手元でかさりと音を立てる紙に、リヴァイは苦々しげな表情を浮かべる。
(クソガキが)
どうしたらいいのか分からない感情を抱えて胸中で呟く。
「あの、クソガキが」
声に出してみたところで何も変わることはなく、彼の声は地下室の冷たい空気に溶けた。
彼の手の中にあるものは、エレンの遺書だった。別に不思議なことではない、調査兵団の兵士をやっていれば普通の人よりも早くに死を迎えることが多いーー多いというか、普通だ。だからいつ死ぬか分からぬ兵士たちは、先に遺書を書いておくのだ。
だがしかし、そのことを知っていても。恋人の遺書を読むのは精神的にきついものがある。いくら今まで何十人と何百人との兵士の死を見てきたリヴァイだって、何も感じないわけではない。
手の中のエレンの遺書をぐしゃぐしゃに握りしめ、びりびりに破いてしまいたいのを堪えて、リヴァイは震える手で元の封筒へと戻した。今はちょうどエレンが買い出しでいないからよかった。こんなひどい顔を見たら、エレンは心配して駆け寄ってくるだろう。ただでさえ五月蝿いのにもっと喧しく吠えるだろう大型犬を思って、リヴァイは嬉しくも、また少しだけ悲しくもなった。
手が震えるせいでなかなか封筒の中に入らない遺書をなんとか元に戻して、さてどこに入っていたかと思案する。が、思い出せない。
あれ、これはまずいんじゃないか。
手紙は元に戻したからいいものの、元の場所に置いておかなければ怪しまれてしまう。どうしようどうしよう、どこにしまってあったのだっけ。
表情には出さず慌てるリヴァイだが、地下室への階段を勢いよくおりてくる音にびくりと肩を震わせた。あの足音はきっと買い出しから帰って来たエレンだろう。
あれ、これってすごくまずいんじゃないか。
リヴァイが遺書をどうこうする前に、考えをまとめる前に地下室にエレンが入ってきた。何か四角いものを手に持っている。
エレンはリヴァイの姿を見て、びっくりしたようだった。それもそうだ、外出していた自分の部屋に人がいるのだから。
「あれ、兵長、なんでここに…ってあ!それ、もしかして、よ、読みました…?」
リヴァイが手にエレンの遺書を持っているのを見て、エレンはひどく慌てた。まあそうだろうな、とリヴァイは思う。もちろん読んだからそんな感想を持つのだが、リヴァイは首を横に振った。
「よかった。それ遺書なんですよ、すごい恥ずかしいこと書いてあって」
エレンは安堵したように息をつくと、リヴァイに近寄って遺書を受け取り引き出しの中にしまった。
ふと、エレンの伏せられたまつ毛を眺めて、真っ白な滑らかな肌を眺めて、ああ若いのだなとなんとなく思う。そんなこと言ったら藪から棒だし、リヴァイ自身が恥ずかしいから言わないけれど。

「ね、兵長。今日お誕生日なんですよね?」
自分の遺書を引き出しにしまったエレンはリヴァイと目を合わせて言う。そういえばこいつには教えたなと、いつかの日を思い出した。
「これ、さっき買ってきたんです。ノートなんですけど…何か記録するものがいいなって。兵長の生きていたことを証明する何かがいいと思ったときに、ノートだったら何でも書けるし」
エレンから差し出されたのは、茶色い表紙のノートだった。中を開けば、罫線も何も引いていない、ただの無地のノート。
「生きていた証明…か」
リヴァイは小さく呟く。
(まるで、見計らったようだな)
先程見た、エレンの遺書といい、エレンの言葉といい。
確かにこの世界で、命というものは小さく、儚い。でも儚いからこそ、美しいのだろう。いつか壊れると分かっているもの程大切に扱うし、美しく思える。それと同じ原理だろうな、とリヴァイは思う。
ただ、それでも。その儚さの中に一粒だって光があれば、それだって美しいのだ。例えば、リヴァイにとってのエレンのように。
「エレン」
リヴァイが声をかけると、気にいるだろうかと心配していたらしく俯いていたエレンはパッと顔を上げた。
「ありがとう」
微笑んで礼を言えば、目の前の子供はよかったと嬉しそうに顔を綻ばせた。その笑顔にやはり、リヴァイは胸を苦しくする。いつかは失ってしまうのだろうか。ならば、失ってしまう前に、消えてしまいたい、なんて。
(この世に生を受けた日に思うことでもないな)
リヴァイはひとり苦笑して、エレンにもらったノートを握る手に力を込めた。エレンの遺書の文面が脳裏から離れなかった。


「ーー兵長へ。
これを読んでいるということはオレは死んでしまったのですね。貴方を遺して。そんなことはしたくなかったのですが、今更そんなことを言っても仕方ありませんね。己の力のなさを恨みます。
長くなってしまいそうですけど、これだけは言わせてください。リヴァイ兵長、あなたのことが好きです。あなたが生まれてきて、あなたが生きている間にあなたに出会えてよかった。恋におちてよかった。死ぬその時だって、あなたを好きです。この気持ちは言葉にしたって伝わりっこなさそうで、オレの胸を引き裂いて心臓をそのまま渡したって伝わりそうにもありません。でもそのうちの、何十分の一かはあなたに伝わっていれば嬉しいです。

オレが死んだのなら、三つ、お願いを聞いてくれたら嬉しいです。三つもお願いしてすみません。でも最期ぐらい、強欲にならせてください。
一つめ、幸せになってください。どんな形であれ、あなたが幸せなのがいいです。
二つめ、できるだけ、オレを忘れないで下さい。でも、もう重たすぎて歩けなくなってしまったらいの一番にオレのことを手放してください。
三つめ、また、会えそうなら会ってください。
どうか、このお願いをあなたが聞き入れて下さいますように。

さようなら、また会える日まで
エレン・イェーガー」





1231225 こまち
HAPPY BIRTHDAY LEVI !