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夫婦円満!


朝、エレンとリヴァイの住む部屋には、さんさんと陽の光が窓から入り込んできている。外では小鳥がああでもないこうでもないと姦しく騒いでいる。人のそれよりも何倍も耳に優しい小鳥たちの声は、しかしリヴァイを起こすには音量がいくばくか足りないようだ。あと五分で起きてこなければ起こしに行こうと決めて、エレンは朝餉の準備を整えた。ストーブを焚いたとはいえまだ寒い部屋の中で、茶碗によそった白米はふわふわと湯気を立ち昇らせている。
先に味噌汁の鍋を洗ってしまおうと流しで洗い物をしていると、リヴァイが起きたようで、彼が洗面所に行くのがエレンの目に映った。
「おはようございます」
「おはよう」
エレンが声をかけると、リヴァイもちらと台所の方に目を向けた。
洗面所から聞こえてくる水の音がエレンの手元の水の音とまじって、いっしょくたになった。

「いただきます」
二人で向かい合って座って、エレンの用意した朝餉を頬張る。
暫く二人の咀嚼する音と、箸と皿のぶつかる音しかしない。
「…今日は何時ごろに帰りますか?」
エレンが味噌汁を飲み終わり、茶碗を重ねながら聞いた。
「さあ、多分いつも通りだろう」
リヴァイも同じく食べ終わった食器を重ねる。
そうして手元にエレンが用意しておいた新聞をつかんで、ばさりと広げる。エレンは二人分の食器を下げて、コーヒーをリヴァイに持ってきた。マグカップをテーブルに置くと鈍い音がする。ああいつもの朝だなあと、エレンはカップの熱とその音で、毎朝思う。

「リヴァイさん、顎あげて」
玄関口でエレンがリヴァイのネクタイを結んでいる。慣れた手つきでそれを結ぶエレンの視線は、手つきとは裏腹に真剣だ。なにせネクタイが曲がっていたりだらしなかったりするとその人の印象に関わってくる。こうして毎日ネクタイを結べるのも、リヴァイがエレンを信頼しているからなのだと分かっているから、エレンもその信頼に応えようと真剣になるのだ。
「はい、できました」
きゅ、と結び目を整えたエレンの手は、そのままコートを掛けたハンガーへと伸びた。靴を履いたリヴァイは、とんとんとつま先を床に跳ねさせてからコートに腕を通す。前をきっちり閉めて、襟を立てて、まだマフラーの時期ではないかなと思いながら鞄を持った。
「今日もかっこいいです。いってらっしゃい、リヴァイさん」
「ん、行ってくる。愛してる、エレン」
エレンは一段低いリヴァイの背丈に合わせるように腰を屈めて、二人は唇を触れ合わせるだけのキスをする。
リヴァイが玄関を開けると冷たい風が部屋の中に吹き込んできた。がちゃんとドアが閉まるまで、エレンは微笑んで手を振る。


無事昼餉も食べ終えて、エレンは洗濯物を取り込む時間だとベランダの日の当たり具合を見ながら思った。時計を見ると、やはり短針は2を指している。
ーーリヴァイさんが帰ってくるまで、あと五時間と半分…
洗濯物を取り込んだら、夕餉の為にスーパーへ行かなくちゃなあ、冷蔵庫にはまだ何か残っていたっけ。そう思いながら、エレンはベランダの引き戸を開けた。やはり空気は冷たかった。


そろそろかな。
エレンは小皿で鍋の味見をしながら時計を見た。そろそろリヴァイさんが帰ってくる頃かな、ちょうどいい具合に夕餉ができた。満足気に笑うと、玄関の鍵が開けられる音がした。その音に、エレンはぱたぱたとスリッパの音を響かせて玄関に向かう。
「おかえりなさい」
ドアを開けて姿を現したのは、当たり前だけれどリヴァイで、エレンは微笑んで鞄を受け取った。
「ああ、ただいま」
「今日は寒かったですね。だから夕飯は鍋にしました」
コートを受け取ると、外の冷たい空気がコートから伝わってきた。エレンはコートをハンガーに掛けて、鞄をリヴァイの仕事部屋に置きに行く。その間にリヴァイは洗面所で手を洗い、うがいをして席についた。エレンはちょうど出来上がった鍋を、テーブルに置いた鍋敷の上に乗せて、取皿を二人分食器棚から取り出した。
「いただきます」
二人はまた、朝のように向かい合って座る。
「今日はね、隣の内田さんがーー」
エレンが取皿によそいながら、今日あったことを話し始めた。リヴァイはそれに相槌を打ちながら聞く。それが、二人のいつもの夕餉の時間。

「リヴァイさん、お風呂沸きましたよ。先どうぞ」
機会音が風呂の沸いたことを知らせて、食器を洗うエレンがリヴァイに声をかけた。パソコンの前に座って持ち帰った仕事の続きをしていたリヴァイは、エレンに「分かった、ありがとう」と声をかけてからかけていた眼鏡を外して風呂場に向かう。リヴァイの着ている白いワイシャツは、朝はピシリとアイロンがかかっていることが分かるものだったのに、今はくたりとしていた。お疲れ様です、とエレンは心の中でリヴァイに声をかけた。


「電気消すぞ」
「はい」
布団の中に二人してもぐりこんで、ぬくぬくと温まる。パチンと電気が消されて、二人を照らすのはカーテン越しの月光だけとなった。
ふああ、とエレンは大きなあくびをする。リヴァイの仕事が終わるまで待っていたのだ。明日の朝餉の準備をしたり、明日するべきことを書き出してみたり。それとなくリヴァイの仕事が終わる頃を見計らって、エレンは先に布団に入ってリヴァイを待っていた。
「…おやすみ」
「ンんー…おやすみなさい」
目を閉じたエレンに、リヴァイは口づけた。ちゅ、と音を立てて離れたリヴァイの唇に、エレンは満足そうに微笑んで、すぐに寝息をたてた。リヴァイもほうと息をついて、間もなく深い眠りに入った。
辺りは静かで、空気は冷たいままで動かなかった。


131124 こまち
いい夫婦の日の話だと言い張りたい…遅刻すぎ…