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真っ白なカーテンは白いままのかみさま


保健室の扉をノックする音が聞こえた。
「失礼します」
入ってきたのは、当たり前だけれどここの学校の生徒で、彼は部屋の真ん中の机にまっすぐに歩いていって静かに座った。
リヴァイはため息をつく。
「またか。お前単位は大丈夫なのか」
その言葉に彼は笑いながら言う。
「大丈夫ですって。次の授業、受けなくても問題ないんで」
それよりも受験勉強した方がいいんです、ここだったらリヴァイさんと一緒にいれるし、と。
開けっ放しの窓から、カーテンを揺らした風が彼の髪を優しく撫ぜて通り過ぎていった。
彼の伏せた目を縁取るまつげは、長く、黒々として、くりんと上向きだ。
顔に惹かれたという訳ではないけれど、やはり彼は整った顔立ちをしていると思う。
落ち着いた青年というイメージの彼は、きっと同年代の女に言い寄られたりするのだろう。
別段、不安になったりはしない。
彼が自分を選んだことは知っているし、彼を誰かにーーまだ世間知らずの小娘なんかに渡しはしない。
その自信がある。

「エレン」
「なんですか」
「校内では先生と呼べと言っただろう」
「はあい、せんせい」
エレンはにこにこと笑って返事をした。
「思えば、こうやって先生と学生でいられるのもあと少しなんですね」
「…ああ、もう卒業か」
すっかり失念していた。
受験だからと今年の春から言っていたのは覚えているけれど、その後に卒業があるのは忘れていた。
そうか、3年も。
とても短い間だったから、まだ1年しか経っていない気がする。
「忘れてたんですか?ひどいなあ、もう。あと少しだけなんですよ、学校に来るの」
「学校に来るのがあと少しなら、クラスでいるのもあと少しだろう。行かなくていいのか」
そう言うリヴァイに、エレンは唇をとがらす。
「ここにこうして来れるのも、こうやってあなたに会えるのも、あと少しですから」
クラスよりも、あなたとこうしていたいです、と言う彼に、つられてやけに感傷的になってしまう。

学校に来るのも、この保健室でこうやって喋るのも。
春に桜の花びらがついた彼の髪をすくのも、夏に汗臭いままでベッドに寝転がる彼にタオルを手渡すのも、秋に2人で外で焼き芋をしているのを眺めるのも、冬にかじかんだ手をお互いにあたためあうのも、ここでした密やかな情事も喧嘩も彼が泣いたことも。
全部全部過去に流されてしまう。
いや、流されてしまった。
まるで、この部屋に在る空気や風や、ありとあらゆる変わりゆくもののように。

リヴァイは椅子をひいて、エレンの横に座った。
彼が身を寄せる。
肩に頭を乗せられ、図体はでかくともやはり子供だと笑いながら形のいい頭を撫ぜる。
彼は甘えるように鼻から息をもらした。
白いカーテンは風に揺らされて、だけれどカーテンはいつまでもカーテンだった。