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大切なあなたに


朝起きて、着替えて、朝食前に片付けられる書類は片付ける。
それから朝食をとりに食堂へ向かう。
そんな、いつも通りの生活を送るはずだった。
そのはずが、扉を開けて廊下を歩いていると。
「団長、お誕生日おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
と、自分に向けられる言葉の数々。
いつもは、冷徹な調査兵団団長として通っているからか、目も合わせない隊士たちが、今日はエルヴィンに向かって(真顔や無表情ではあるにしろ)祝いの言葉をかけてくる。
それらに対しにこやかに「ありがとう」となんでもないことかのように返答する。
が、内心は少なからず動揺する。
いや、昨年も確か同じだったはずだ。
しかしいつ命を落とすかわからない状況下で過ごす一年は忙しく、日常の記憶はいつのものだったかとごちゃまぜになっている。
ーーーそうか、未だに私は命をここに留めているのか。
ここにはないとされる心臓はエルヴィンの体内で確かに鼓動を打ち、生を全身に伝えている。

通りすがりのたくさんの人からおめでとうと言われ、食堂に着いた頃にはいささか疲れていた。
対巨人ではアドレナリンが放出されるのか、疲れはあまり感じないが、普段限られた人間としか接触しないせいか人間に対しては疲れを感じやすいらしい。
まだまだだなと思いつつ、食堂の隊士たちからの言葉に笑顔で対応する。

そこへハンジが、目の下にクマをつくって何日も体や髪を洗っていない異臭を漂わせ、ギラギラと目を光らせて食堂に入ってきた。
「いやーまたもや気がついたら日が昇ってたよ!」
ケラケラと笑いながら、食事ののったトレーを持ってエルヴィンの目の前の席に陣取る。
長椅子に腰掛け、パンをシチューに浸しながら口の中に詰め込むハンジに、エルヴィンは体を休めた方がいいと勧める。
なにしろハンジは分隊長で、調査兵団の大切な戦力だ。
人は巨人に殺される以外でも簡単に死ぬのだから体調管理はしっかりするようにと言うと、そんなやわじゃないと返される。
確かにこれまで生きてきたのだからと考えて言葉を返しづらいが、やはり気をつけるに越したことはないと伝え、食べ終わってからになった食器を乗せたトレーを持って席を立つ。
「あ、待ってエルヴィン!あなた今日誕生日だったよね?これあげるよ!!」
ハンジが取り出したのは書類の束。
「実はまだ巨人について未解明のことのうちの一つについてまとめてあるんだ。今までの実験からわかったこととか。あともうちょっとで答えにたどり着けそうなんだけどさ、手柄はあなたにあげるよ、誕生日プレゼントとして!」
考えなければいけないことが一つ増えて、嬉しいのだか嬉しくないのだかよく分からないプレゼントを受け取る。
「アー…ありがとう。とても嬉しいよ。というか、よく私の誕生日を覚えていたね、ありがとう」
「あったりまえじゃん!我らが団長様の誕生日なんか忘れようがないさ」
両頬にパンくずをつけたまま満面の笑みで返答され、エルヴィンはありがたさに胸の内がほんのりオレンジ色に暖かくなるのを感じた。
ありがとう、と微笑んで立ち去る。
誕生日もなかなかいいものだ。


それから、リヴァイ、ミケたちにもおめでとうと言われて、その度に体の中にオレンジ色の日溜まりのような暖かさが積もっていく気がした。
が、想い人であるエレンになかなか会える時間がなくていくばくかさみしさをも感じていた。
エレンとは、俗に言う恋人同士だった。
兵団内で知っているものはほとんどおらず、二人も同性同士であり上司と部下という状況を理解し、人前では何もないかのように振舞っている。
エルヴィンは今朝、隊士たちに言われたことで自分の誕生日が今日だと気づいたほどに自分の生まれた日を忘れていた。
そんな彼だったが、やはり好きな人には誕生日を祝ってもらいたいもので。
いつになればエレンに会えるだろうかと、まるで思春期の少年のように待ち焦がれた。


結局エレンと会えたのは夕方だった。
コンコン、と控えめに、優しいノックの音で、執務室で書類とにらめっこをしていたエルヴィンは顔を上げる。
音や雰囲気からしてエレンだろうと検討をつけ、どうぞと促す。
古ぼけた扉を押し開けて現れたのは、やはりエレンの姿だった。
どうも、と軽く会釈をしてエルヴィンの机の方に寄ってくるエレンに、どうしようもなく愛しさを覚える。
日にあたって柔らかい色を放つ髪、輝く金色をおさめた大きな目、華奢な体。
だんちょう、とエレンのふっくらした唇が動いて、持っていた書類を差し出す。
「これ、兵長が…持ってけって。他のも深夜前までには仕上げられるからっておっしゃつまてました」
「そうか、ありがとう」
書類を受け取り、パラパラと目を通す。
今日も寝るのは遅くなりそうだと憂鬱になるため息をなんとか抑え、エレンを振り返る。
「了解したと、リヴァイに伝えてくれ」
「あ、はい」
エレンはそう返事をして、頬を染めてもじもじと俯いていたが、「だんちょう」と、もう一度エルヴィンを呼んだ。
「ん、なんだい?」
つくづくいやな大人に育ったものだと思う。
エレンが何を言いたいのかエルヴィンにはだいたい検討がついているし、それを嬉しく思っている。
だがそれはやはり、エレンの口から自然に聞きたいものだから。
知らないふりをして聞き返す。
「あ、あのう。きっと団長は忙しいでしょうから、ええと…ーーこれを、差し上げたいと思って」
エレンから渡されたのは、普通に花と言われて思い浮かべるものではないような花だった。
決して奇形だというわけではないが、随分珍しい花を選んだものだと思う。
それは桃色の花がふさふさとしているように、小さな花がかたまりとなって一箇所に集まって咲いている花で、茎からは厚ぼったくて丸っこい葉が飛び出している。
茎の半ばで折り一本の花として見るよりも、集まって生えている、例えば鉢植えのようなものの方が映えるタイプの花で、だけどもなんとも不恰好なそれが、エレンに差し出されることによって愛おしさを生み出させるのだから不思議だ。
「ありがとう。これは、ミセバヤという花だね」
エレンは知っていらしたのですか、と言って、言い訳がましく少し早口で喋り出す。
「こうして見るとあまりかわいくはないのですけど、たくさん集まって咲いているところはかわいくて、母がよく鉢植えで育てていたんです。先日、この花の花言葉が"つつしまやか、おだやか、あこがれ"だってペトラさんに教えてもらって、貴方だって思ったんです。オレ、お金もないし時間もなくて、街に何か買いに行けなくて、だから、その」
「ありがとう、エレン」
最後の方はもやもやと小さくなっていったエレンの言葉に、エルヴィンは頭のてっぺんからつま先までエレンへの愛おしさに支配されていくのを感じる。
エレンの頭をエルヴィンの大きな手が撫ぜると、エレンはくすぐったそうに、嬉しそうに笑った。
「おそくなっちゃいましたけど、お誕生日おめでとうございます。オレが生きてる時間とあなたの生きてる時間が重なって、こうしていられてーーー嬉しいです」
そう言うと、エレンはエルヴィンの頬にくちづけた。
これは極めて珍しいことで、エルヴィンはしばしの間動きを止め、エレンは真っ赤になってそそくさと部屋を後にしようとした。
「あ、エレン!」
待って、とエルヴィンはエレンの手首を掴む。
「その、エレン、本当に嬉しいよ。ありがとう」
初恋に溺れる若いエルヴィンを見たようで、エレンは息を詰まらせる。
いつもは自分よりも大人で、何歩も先を歩いているのに。
ああ、こんな姿。
夕陽のまぶしさに目を細めた。

エルヴィンはすぐに、引き止めて悪かったね、と手を離す。
エレンは耳の端をまだ真っ赤にさせたままで、やや名残惜しそうにエルヴィンの執務室を後にした。
だんちょう、だいすきです、というつぶやきをしっかりと残して。





131014 こまち
エルヴィン団長お誕生日おめでとうございます!