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犯罪芽生えるプールサイド


セミがわんわんと五月蝿く鳴き続けている。耳がいい加減おかしくなりそうだ。
ギラギラと太陽が照りつけている。汗をかくのが分かって気持ち悪い。
わあわあと子供達が喋くっている。そろそろ黙れよと思わなくもない。
でもだって、小学校のプールの時間なんだから仕方が無い。夏しか入れないプール。おっきな入れ物に水を張って、皆で全身浸かれるなんて。そこで遊べるなんて、はしゃがない理由がない。
しかし、まだ、いや、もう大学生で教育実習に来ているのリヴァイには理解が追いつかない。初めて学校でプールに入った時の事なんて覚えてないから、子供達のはしゃぎ様も理解できない。

若干、本当に若干顔を歪めたリヴァイに、しかしエルヴィンはすぐに気づいた。
「理解できないかい?こんなにはしゃいでいる子供達が」
「エルヴィン、先生」
エルヴィンは小学校2年2組の担任で、金髪に青い目、爽やかな笑顔、と児童にはもちろんのこと、お母様方にも気に入られている。
よく気が付いたな、流石ベテランなだけある、とリヴァイは感心する。
「子供たちの目を見てごらん。生き生きしているだろう」
つまりそういうことだよ、と、なんだか分かるんだか分からないんだか、結果的によく分からない話をしてエルヴィンはさっさと去って行き、授業を開始しようとする。
エルヴィンが整列!と声をかけて、はしゃいでいた子供たちはプールサイドに並んだ。彼らはきちんとしているつもりらしいが、リヴァイから見たらバラバラで整列とは程遠い。○○さんきじゅん、たいそーのたいけーにー、いーち、にー、ひらけー、おーー。準備体操が始まって、リヴァイも一応一緒にする。
それからバディの確認だとか注意だとか、そんなものをいろいろしてから、子供達はプールへ。きゃあきゃあとはしゃいで水しぶきをあげる彼らに、一緒に入ったエルヴィンが流れるプールを作りましょう、と皆で同じ方向に進むように指示した。子供達は嬉しそうに笑って、はーい!と返事をしてゆっくり水の中を歩き始めた。途中、エルヴィンがリヴァイの目の前を通った時に、「君も一緒に入ったらどうだい?」と声をかけた。リヴァイはもともとプールがあまり好きではない。色んな人の汗と、その他諸々の体に付着したものが水にふやかされてプールの水に混ざるのだ。いくら塩素消毒しているとはいえ、いただけない。
でも、教育実習なんだからそんなこと言っていられない。リヴァイはさっさと着ていたTシャツを脱ぎ、とぷんと水に入った。嫌悪感。おまけに子供達が遠慮なくべたべたと体を触ってくるからリヴァイはもう嫌で嫌で仕方がなかった。早く終わってくれ、と切に願うが、その無表情はぴくりとも動かない。
なんとか耐えきったリヴァイは、エルヴィンの許しが出てプールから上がる。が、今度は早くシャワーを浴びて流したいと思う。水に混ざったありとあらゆるものが今この体に付着していて、早く水で流さないと今度は乾いてそのまま、…ああ汚い。なんとか舌打ちしそうになるのを抑えて、今度はプールの壁に捕まってバタ足の練習を始めた子供たちを眺める。
今日はけのびからバタ足をする練習をするからねー、とエルヴィンが言う。一回プールから上がって順番に並んで、と言う声に子供達は従順に並んだ。わいわいと笑ったり喋ったりしながら。ピーーッという笛の音と共に、何人かずつけのびをしてスーッと浮いてバタ足に移る。ばしゃばしゃと水と暴れているようにしか見えないが、皆どうにか進んでいるようだった。
一通り皆が練習し終わったあと、エルヴィンがリヴァイに寄って来て言った。
「あそこの、今ちょうどこっちに向かって来ている男の子が見えるかい?実はあの子、うまくバタ足ができなくてね、前にあまり進まないんだ。そんなに中学みたいにしっかりさせなくていい、けれどどうかなった時に溺れたり流されたりしないようにして欲しいんだ。できるだけね。やってくれるかい?」
断る理由がなかったし、リヴァイは承諾した。
てててて、と小走りでやって来た子供は、「せんせい、あの」と少し言いにくそうにエルヴィンに話しかける。彼は、ああ、と微笑んで言った。
「実習生のリヴァイ先生に見てもらいなさい」
「はい、せんせい」
ふわ、と笑った子供はそのままリヴァイに向き直って満開の笑みで言う。
「よろしくおねがいします、リヴァイせんせい!」
ん、と返事をして、リヴァイたちはエルヴィンに示された場所に向かう。ちゃぱ、と子供が水に浸かってリヴァイを見上げた。
「おい、名前はなんていうんだ」
そういえば名前を聞いてなかったと思い出してリヴァイは問う。
「エレン・イェーガーです!」
無表情なリヴァイに、子供は先程の笑みと一緒にエレンと名乗った。

リヴァイはまずエレンにバタ足をやってみろと指示する。ばしゃばしゃと水をはね散らかすだけのそれを見て、ふぅんと小さく漏らすと、リヴァイは自らプールに入って彼に教えることにした。
「まずこの足をな、」
そうして当然の流れでエレンの足を掴む。嫌悪感は感じなかった。ふに、と筋肉のそんなに発達していない柔らかい感触。ふに、ふに。柔けえ、柔けえ。そんな趣味があるわけではないが、なんとなく、こう、男心にぐっとくるものがあって。
暫く自分の足をつかんだまま硬直しているリヴァイに、エレンは不思議そうに振り返って「せんせ?」と声をかける。
ことり、と首を傾げて。

うわなんだこれ、とリヴァイは頬の筋肉を強張らせる。水に濡れて艶やかな、男にしては少し厚いぽってりとした唇が、せんせ、と舌足らずに呼ぶ動きも、その唇の間から覗く薄桃色のちろちろと動く舌も、吸い付くようなしっとりとした肌も。なによりその目が。大きくてくりくりとした目はその瞳をきょろきょろと動かして、ゴーグルをしなくて少し赤らんだ目元に真っ白でむしろ青に見える白目と、それからとろんととろけそうな金色の濡れた瞳がリヴァイを見上げている。なんてあざとい。
くそ、と舌打ちしたくなるのを堪えて、ただひたすら無心に、子供にバタ足を教え続けた。



130711 りーく