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 午前一時半に、還る。


※現パロ、転生もの。


「うみ」が好きではなかった。小さい頃に始めて「うみ」の写真を見たとき、嫌だと思った。それから一度も、「うみ」に行ったこともなく、写真もほとんど見なかった。
何故直接見たこともない「うみ」を好きではないのか自分でも分からない。でもどうしたって、それを好きになることはできなかった。


***


師も駆け回るほどの忙しさから名付けられた、師走。学生の頃はそんなこと全く関係なしに生きていたけれど、社会に出たらその言葉の通り、年末は忙しくなる。
その日も遅くまで残業していて、電車に乗り家の最寄り駅に着いたのは夜半近く。電車を降りたリヴァイは去って行く電車の音を聴きながら、静かな構内を階段に向かって歩きだした。吐き出す息は白く、コート越しでも周りの空気が冷たいのが分かる。今まで暖かな車内にいたからか、その寒さはリヴァイの体を震わせるには充分だった。早く帰って暖かい風呂に入り温い布団に包まろうと、階段を上る足を早めた。たんたんっ、と最後の二段を踏み切ったあと、歩きながらロングコートのポケットに手を突っ込んで定期を取り出す。二、三人が抜ける改札で、リヴァイも定期をかざした。聞き慣れてもはや耳にすら入ってこない電子音が、静かな駅に虚しく響いた。
駅の階段を下りると、街灯が暗くなった通りを定期的に照らしていた。今日は新月だろうか、月明かりが全くない。辺りは暗く、ひと気のない通りは薄気味悪さを感じさせた。車が何台か通って、少しの間だけリヴァイの行く道を照らす。その度にリヴァイは歩く足を早くした。

自分の家のあるマンションまであと少し、というところだった。また車のライトが向かい側からやってきて、リヴァイはきっと通り過ぎるのだろうと頭の隅で思いながらその光をぼうっと見ていた。
するとその光はマンションのすぐ前で止まり、中から人が出てきた。見るとその車はタクシーで、きっと終電を逃したマンションの住人がここまでタクシーで帰ってきたのだろう。リヴァイはそう考えて、エントランスに入ろうとした。

「ちょ、ちょっと待ってください!」
後ろから聞こえた、焦るような声。タクシーの運転手と客が何か揉めているのかとリヴァイはさして気にせずに足を止めることはしなかった。
しかし、リヴァイの腕が後ろから唐突に引かれ、重心が後ろに移動して倒れそうになった。いきなりなんなんだとリヴァイが振り向くと、そこには些かくたびれたジャケットを羽織った青年が。月は出ていないはずなのに、青年の目はまん丸の月を所持していた。その瞳に惹きつけられ、振り払おうとした腕は力を失った。
どうやら先程のタクシーから降りて来た人物はこの青年であるらしく、彼は運転手なのだろう身なりをしている。
「やっと、見つけた…!」
青年は振り向いたリヴァイの顔を見て、確信したように言った。そのまま彼はリヴァイの両腕を掴んで、目を覗き込んだ。そうして愛おしむように、白い手袋をした手で頬を撫ぜた。ふわふわと優しく触れる布の感触は、しかしリヴァイには優しさなど感じる余裕がなかった。そんなことをされる覚えも経験もないリヴァイは困惑して、今度こそ青年を振り払う。
「なんなんだてめえは。いきなり人を引き留めといて名乗りもせずにべたべたと」
心底嫌そうにするリヴァイに、しかし彼は不思議そうに首をかしげた。それから光る銀色をふっと翳らせる。
「まさか」
そう言って彼は「来てください」とリヴァイの手を強引に引いた。
「お、おい」
慌ててリヴァイは手を振りほどこうとするが、青年の力に叶うことはなくタクシーの中に押し込められた。訳もわからぬままに座らせられたリヴァイが戸惑っている間に、隣に青年が座ってエンジンをかけた。彼の顔は厳しく歪んでいる。
リヴァイは車から降りるなら今だと思うが、青年から発せられる無言の圧力と日頃の疲れで抵抗する気力はほとんどなくなっていた。確かにこの意味のわからない青年の言動や、反抗しない自分に多少の苛立ちも感じていたが、こうして彼と居ることが自然であるようにも感ぜられた。

青年は乗車してから一言も話さなかった。リヴァイもまた、話すことはしなかった。青年の手によって無造作に流されたラジオの音が静かな車内に充満する。
彼はリヴァイの家のあるマンションからは全くの逆方向に向かっているようだった。ほとんど車の通らない静かな通りから、日中ほどではないにしろ車通りのある大通りへと出る。リヴァイは車を持っているわけではないから大まかな方向しか分からないが、青年の目指している場所はなんとなくわかった。彼は高速に乗ろうとしている。
リヴァイはすることもなく、鞄を腕の中に抱きしめて隣に座る青年の横顔を見つめた。こうして見れば、なかなか整った顔つきをしていた。オレンジの街灯に照らされる彼の頬にはまつ毛の長い影が映し出されているし、月を思わせる大きな銀色の目はキラキラとしていて美しい。額や頬にはにきびの痕もなく滑らかだ。こんな、夜中に男を無理矢理タクシーに押し込むような男でなければ普通にもてるだろうに。
「…シートベルト」
青年の声でリヴァイはハッと我に返る。青年はリヴァイのことを一度も見ることなく、まっすぐ前を向いたままだ。
「高速に乗るのでシートベルトをしてください」
そういえばリヴァイはシートベルトをしていなかった。あまりのことに気が動転していたのか、頭にシートベルトのことなんて浮かばなかった。
リヴァイがシートベルトを着用したのをちらと横目で確認して、彼はインターチェンジへとハンドルをきった。


しばらく心地よい温度と振動に包まれて、この異常な環境下でもリヴァイはうとうととしていた。窓の外を流れる景色は、背の高いビルの群れから、だんだんと幅の広い川やゴルフ場などが目立つようになってきた。一定間隔で灯されている明かりはリヴァイの視界の中でだんだんとぼやけ、リヴァイは瞼を閉じようとした。
「海に、行ったことはありますか」
突然、それまでシートベルトのことでしか喋らなかった青年が口を開いた。リヴァイは眠気で口を開くのも億劫に思いながらも重い口を開く。
「いや、ない。うみは嫌いだ」
リヴァイがそう答えると、青年は驚いたようだった。
「そう、なんですか」
青年はまた、黙った。リヴァイも口を開くことはしない。静かなエンジンの音と、ラジオから流れるクラシックがリヴァイの耳を満たした。
目を閉じると昔写真で見た「うみ」がリヴァイの脳裏に蘇る。あの青が、白が、全てが嫌だった。これから行くところはどうか「うみ」でないことを祈りつつ、リヴァイは静かに眠りに落ちた。


車が止まると、リヴァイも目を覚ました。空はまだ暗い。もぞもぞと体を動かすと、青年がエンジンを止めて口を開いた。
「着きました。…降りてください」
リヴァイは腕に鞄を抱えたまま、ドアを開いた。すぐに冷たい空気が温まった車内に入り込んできて、寝起きのリヴァイの頭をいくらか覚めさせる。はあ、とため息をついてマフラーを口元までずりあげて、車の外へ踏み出した。
変なにおいがする。
嗅いだことがないにおい、なのに嫌だいやだと頭の中で自分の声が叫ぶ。顔に吹き付ける風は、嫌なにおいと寒さをいっしょくたに運んできた。リヴァイは鼻までマフラーで覆った。
「行きましょうか」
タクシーにロックをかけて、青年がまたリヴァイの腕を引っ張る。彼はくたびれたジャケットしか着ていないのに寒くないのかと思案するが、自分には関係ない、彼自身のことだと何も考えないことにした。
「…くさいな」
青年に手を引かれて前に進むたび、嫌なにおいは濃くなっていく。前から吹いてくる風も心なしか湿っている気がする。かすれた声でリヴァイがぽつりと漏らすと、青年は初めて、くすりと肩を揺らして笑った。
「もうすぐ、着きますから」
楽しそうな青年の声に、リヴァイはまたため息をついた。
突然、リヴァイの視界が真っ暗になった。何事かと頭を動かそうとするけれどうまく動かない。
「おい、」
突然の暗闇に不安になって近くにいるのだろう青年に声をかける。いきなり家の前で誘拐まがいのことをされて、その上変なにおいのする場所で目を覆われるなんて、不安にならない訳が無い。
「大丈夫、そのままオレについてきて」
鞄を持っていない方の手で目のあたりを触ると、なにか布のようなもので目隠しをされているらしい。結び目に手をやると案外固く結ばれていて、うまく取れない。青年がこれをやったのだろう、リヴァイが声をかけても青年の声は平然としたままだ。むしろ楽しんでいるようにさえ思える。何をされるのかと、今更ながらリヴァイを恐怖が襲った。人は視覚を奪われるといっそう不安感を煽られるというが本当らしい。先ほどまでの不安は今では恐怖に変わっていた。リヴァイは、薄い手袋の布越しに伝わる青年の手の温もりだけを、これから自分をどこに連れて行くのかもわからない青年の手の温もりだけを頼りにするしかなかった。


「さあ、着きました」
ザアア、と何かの音がした。
車を降りた時からにおう独特のにおいはリヴァイの鼻を通過して脳まで埋め尽くしていた。
はらりと、目の前が開かれた。
手から、鞄が滑り落ちた。
そこには、リヴァイがその存在を知ってからずっと、ずっと忌み嫌っていたものがあった。
「ああ、あ」
思わず口元を抑える。吐き気がしたのだ、暗くてもわかる、揺れ動く水に。黒々しい塩水に。先ほどからにおっていたのは、これのにおいだったのだ。

と、隣に立った青年がリヴァイの手を強く握った。

その、瞬間。

全てが蘇った。

まるで走馬灯のようにリヴァイの頭の中を、鮮やかな映像が駆け巡る。それは目の前の水のように大きく、大きくなって脳内から溢れ出しそうになる。そう、そうだ、隣の青年とは「昔」に同じ場所で、同じ時代を生きたのだ。
彼を呼ぶ声も、柔らかな笑顔も、これをーー海を、見たときの目の輝きも。全てすべて、ほんとうはリヴァイの頭の中にあった。それを、嫌だ、見たくないと封をしていたのだ。
そうだ、隣の男は、自分の手を強く握る男は。

「エレン」

自分の声が、溶けた。全てが自然に還った気がした。
青年は笑った。あのときと、同じ笑顔で。
「リヴァイ兵長」
あのときと同じ声で、リヴァイの名を呼んだ。
ああ、弾むような声。この声を、この笑顔を、なぜ忘れようと思ったのか。
ぽろりとリヴァイの開かれた目から涙がこぼれ落ちた。
それを見て、青年が指でその雫を拭う。いつの間にか彼の手からは手袋が脱ぎ去られていた。その感触に、リヴァイの目からはぽろぽろと涙が流れて止まらなくなる。
目の前の青年はそんなリヴァイを見て、微笑んだ。そうして額をくっつける。彼の銀色はリヴァイを映していた。
エレンはリヴァイに口付けた。万感の思いを込めて。
リヴァイもそれに応える。目を閉じて、エレンだけを感じ、懐かしさに愛おしさに肩を震わせた。涙はまだ、止まらない。
二人の唇はお互いの形にあわせて柔らかく形を変える。エレンはリヴァイの後頭部に手を回してもっともっとと欲しがる。だって長い間、記憶があるのに愛しい人と一緒になることはおろか、触れることさえもできなかったのだ。リヴァイの流す涙はエレンの頬にも触れて、まるで二人して泣いているようだった。
一分か二分か、いや一時間、それよりもっと長く口づけていたかもしれない。ともかく二人には、今まで会えなかった分、触れられなかった分、全てが込められたキスだった。
しばらくして漸く、二人は唇を離して、見つめ合う。
「エレン、エレン」
リヴァイは囁くようにエレンの名を呼び、エレンはその声を耳にして喜びに体を震わせた。
「リヴァイさん、ね、オレたちやっと、会えましたね」
エレンはそう言って微笑んだ。リヴァイもエレンの胸元に顔を寄せ、甘えるようにエレンのジャケットを掴む。そんな彼をエレンは両腕で包んで、思う。こんな愛おしい彼を、二度と離すもんか、と。



131214 こまち
奏さん、遅くなってしまって申し訳ありません。エレリほのぼの、とのことでしたがいかがでしょうか…ほのぼのっていうんでしょうかこれ、いえいいますよね。いうと思います。フリリク参加ありがとうございました。これからも当サイト、及びこまちをよろしくお願い致します。…とっくに愛想つかされてるとは思ってますが。
このあと二人はカーセックスしてればいいと思います。
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