押し付けたもの | ナノ


どうしたって二人は二つだった


火を消されたストーブは暗く、冷たかった。何か心さみしさを感じてエレンはそこから目を逸らす。まだ昼だというのに、しん、と静かな自分をとりまく寒さにエレンは身震いをした。彼とそれから双子の兄のいるリビングには、大きく切り取られた窓から明るい陽射しがあたっていた。宙に舞う塵が陽の光を反射しながら空気の流れに身を任せている。エレンが息を吐くと空気はいとも容易く方向転換して、その流れに塵も一拍遅れて流される。隣のエレンが机の上の蜜柑に手を伸ばすと、それは大きくうねった。細やかな塵がくるくると回る様子を見ながら、エレンもまた蜜柑に手を伸ばした。椅子に座って足をつま先まで伸ばして、どこか体の一部だけでも暖かな日差しに当てようと試みる。エレンたちが座っているテーブルの場所までは、陽の光は届いていない。
「さみーな」
隣で蜜柑の皮に親指を突き立てながらエレンが零した。彼の方を見やると、緑の瞳は日陰で暗く、静かな湖の水底のようだった。エレンは「うん」と相槌をうつ。
ひどく静かで、なんとなくエレンはラジオに手を伸ばした。カチリと電源を入れると、ふたりだけの空間には些か大きな音で、似つかわしくないクリスマスソングが流れた。音も局もそのままにして、もくもくと蜜柑の皮をむく。ぷつりと皮に爪をたてる度に、甘い、すっきりとした柑橘の芳香が鼻をかすめた。女のようにのばしているわけでもないけれど、そこそこ長くなった爪に蜜柑の皮が詰まるのを感じながら、後で兄に爪を切ってもらおうとぼんやり思った。
何房かずつにして、蜜柑を口の中に放り込む。ラジオからは異国の曲が流れている。何を歌っているのか耳をすませたが、電波が悪いのかエレンには全く意味が分からなかった。隣の兄を見ると、ラジオのことなど気にしていないように蜜柑を咀嚼し続けていた。それもそうだ、ラジオは弟のエレンがつけたのだから。エレンはまた、どんよりと流れる塵をぼうっと眺めながら蜜柑を何房か口に放り込んだ。
「なあ、やっぱり寒いな」
先に食べ終えて、蜜柑の皮をヒトデに変えたエレンは暗い水底からエレンを見上げた。兄に目を向けると、彼の瞳はやはり、動きのない湖の底のようだったが、今度は何か人間くさい色を水面に浮かべたようだった。
兄を見つめながら、エレンは最後の一房をゆっくりと咀嚼した。ぐしゃり、ぐしゃりと音を立てて水分をはね散らかしながら蜜柑はエレンの口内で潰されて食道に落ちて行った。
「…布団の中だったらきっと、あったかいだろうね」
エレンが銀色をまぶたの奥に閉じ込めて言うと、唇にかさついたエレンの唇が押し当てられた。
(堪え性のないヤツ)
兄を笑いながら、エレンは愉悦の笑みを浮かべた。兄のエレンは、どうしたって自分の色には勝てないのだ。薄目を開けると、若葉の色をしたエレンの瞳がまっすぐにエレンを射抜いていた。
エレンは唇が離れると蜜柑の皮を二人分、掴んでゴミ箱に捨てた。ぼと、とオレンジが落ちる。それからラジオをぶつんと止めた。異国の少女がさみしそうな声音で何かを訴えていたが、エレンには伝わらなかった。

二人で二階に行って、弟のエレンの部屋で布団に潜り込んだ。双子でいつも、お互いの部屋に行ったり来たりしているから、エレンは自分の部屋に兄が居ることを何ら違和感と捉えなかった。
最初は布団の中も冷たくて、二人でもぞもぞと動き回る。向き合った状態で腕や足を絡めあってみたり、足を縮こめてみたり。そうこうしているうちに布団の中は二人の体温で暖かくなった。鼻先を兄のエレンの胸元に押し付けると、ぽんぽんと頭をなぜられた。
エレンはすっかり冷たくなっていた手を、一息に兄の服の中に突っ込んだ。
「ぅあ、つめてえ」
エレンの頭上で声が聞こえて、エレンはくすりと笑ってしまった。すると彼はお返しとばかりに、エレンの服の中にも手を突っ込んでくる。それはやはり冷たくて、エレンは思わず体をすくめた。そんなエレンに満足したのか、エレンの手は不埒にエレンの体を這い回った。擽ったさに身をよじると、ちょうど腹筋の形をなぞられて鼻から声が漏れてしまった。
「ふ、んン…こしょばい」
言い訳をするように言うと、今度はエレンが笑われた。エレンはずっと兄の背で温めていた自分の手を、兄の胸元に持っていった。その間にもエレンの手はエレンの腹を触っている。エレンは胸元に持ってきた手で、兄の乳首をそっと触れた。
「ぁ」
小さな声がエレンの唇から漏れたらしく、それは確かにエレンの鼓膜を揺らした。エレンの体を這い回っていた手もぴくりと揺れて、止まった。たった一度なぞっただけなのに早くも主張しはじめたエレンの乳首を指の腹で感じながら、エレンは銀色の目を細めて笑った。何せ、普段はエレンがセックスに誘ったって難色を示すような男が、自ら誘ってきたのだ。楽しくてたまらないという風にエレンが乳首を思いっきりつまんでやると、突然の刺激にエレンの頭上で大きな声があがった。
「あァアっ」
乳首を立派な性感帯に仕立て上げた張本人のエレンはそれを聞いて、今度こそ大きく口を歪めて笑った。見上げると切なげに眉をハの字にして目を閉じたエレンの顔が見えた。
(いい顔。)
恍惚とした表情を浮かべ、エレンは兄の体の上に乗り上げた。その動きに、彼は目を開ける。その緑に情欲が宿り、ゆらゆらと揺れるのを確認して、エレンは勢いよく兄の服を脱がせて上半身を露わにさせた。もう、止めることなんてできやしなかった。さながら、初めてセックスをした時のように。


二人して寝てしまっていたらしい。エレンは閉じていた瞼を開いて、隣で眠る双子の弟を見た。散々エレンの体を弄んだ弟は、今は静かに眠っている。寝息をたてるエレンを眺めて、何故同い年なのに、エレンの方が兄であるはずなのに、彼には負けてしまうのだろうと思った。セックスのときだって彼はいつも一枚上手だし、成績だってなんだって、彼より優れているところは一つとしてない、とエレンは思う。
時計を見ると、だいたい二時間ほど眠っていたらしい。エレンは昼寝にしては随分と寝たな、と体を起こして伸びをした。窓から差し込む陽の光に当てられて、塵がきらきらと光っている。エレンが動くと、塵はくるくると回った。面白くなって、エレンはふうっと息を吹いて塵の列を乱した。
布団の外にほっぽり出された自分の服を取りに、温い布団から出る。裸の肌を冷え切った空気が容赦無く貫いた。寒さに身を縮めながら自分の服を回収しつつ身につける。ずっと冷たい空気に置き去りにされていたエレンの服は冷え切ってしまってエレンの体温を残してなんかいなかった。ふとセックスをしているときの、自分を見つめるエレンの欲に塗れた銀色を思い出して性器がずくりと疼いた。エレンは頭を振って深呼吸をする。ふう、と大きく息を吐いて、弟の部屋から出た。何か菓子でも持ってきて、エレンを眺めていよう。

一階はひどく寒く感じた。部屋の隅で機能を停止させたストーブは重く冷たい。菓子の入った箱を眺めながら、どれにしようかなと物色する。しゃがみこんで箱の中をがさがさと漁った。クッキー、ポテチ、飴、煎餅、グミ。立てた膝に腕を乗せて頬杖をつく。賞味期限の近いものから上に乗せられていたはずのそれは、エレンの手によってかき混ぜられてしまって何が何だか分からなくなってしまった。ぴり、とエレンのかさついた手の甲を菓子の袋が引っ掻いた。
(…いたい)
痛い、と言葉を脳内で反芻してそっと目をつむる。エレンの揺れる銀色、長いまつげ、妖しく微笑む唇、細い指先、ごつごつした腹筋、そしてあの勃ち上がる性器。エレンはゆっくりと口角を上げて微笑んだ。あれをエレンの体内に挿れる時だけは、余裕の無さそうな顔をしていた。
突然、どん、と背中に衝撃が走る。びくりと目を開いて何事かと振り向こうとすると、焦ったエレンの声が後ろから聞こえてきた。
「どこかに行っちゃったかと思った…!ああ、エレン、エレン」
どうやら布団の中にいなかったエレンに心配になったらしい。
(馬鹿、オレはどこにも行かないのに)
エレンはエレンに胴に腕を回されて、きつく抱きしめられる。その腕が何も纏っていないのを見て、エレンは驚いた。
「何も着てないの」
エレンがそう問うと、後ろで鼻をすすりあげる音がした。本当に失ったと思ったのか。余程嫌な夢でも見たのか。珍しい。振り返るとシーツ一枚だけを纏ったエレンが、エレンの背中に額を押し付けていた。ひどく華奢な肩が丸見えで、エレンはどうにもこうにも悲しくなって、零れる涙を抑えることができなくなった。
「エレン、エレン」
エレンが弟の体を抱きしめると、衣服越しでも彼の体が冷えきっているのが分かった。早く服を着せようと思いながらも、溢れる感情は止まることを知らずに二人の間を埋めようとする。
どこからか隙間風が入ってきて、冷たいそれは二人の間をヒュウと通り抜けた。



131207(同日加筆修正) こまち
相互様のけん太さんに、相互記念。
の筈だったんですけどうわああ意味わかんない話になってしまった…なんか伏線みたいなことしてるし…
すみませんでも愛は篭ってるんです!ほんとは甘い話になるはずだったんです!!けん太さん大好きですいつも素敵なエレエレちゃんありがとうございます!そのお礼にでもと思ってました。すみませんでしたこんな話で。