押し付けたもの | ナノ


コスモスと砂糖菓子とあなたと


きっかけは、エレンの一言だった。
「リヴァイさん、散歩に行きませんか」
その言葉を聞いたリヴァイは、何かあったのかと聞くが、いえなんとなく、と答えられる。
今日は久しぶりに二人の休日が被っていて、もう寒いこの時期だから一日中家にいようと、リヴァイは思っていた。けれど、昼食を食べ終えて一休みした後、エレンが言い出したのだ。散歩に行こうと。
「ねえリヴァイさん、行きましょうよ。たまには外で二人でいるのも、いいでしょう?」
エレンが柔らかく促すように笑う。リヴァイはため息をついて、よっこらせと立ち上がった。
やった、と小さく呟いたエレンは、早速ダウンを着る。リヴァイもコートを羽織って、靴に足を突っ込んだ。携帯と財布と、家の鍵だけを持って、外に出る。玄関に鍵をかけるエレンを眺めながら、リヴァイはこんな休日も悪くないなと思い始めていた。日はまだ、青空の遥か上に昇ったままだ。

家からそう遠くない川縁の遊歩道に向かって歩く。木々は茶色をさみしい色に変えて、葉も鮮やかな色を落として、枝から離れて地面に落ちている。道路を足が踏む度に音を立てて、エレンはそれを楽しむようにわざと足踏みしながら歩く。リヴァイはそれを目の端に捉えながら、まだ息は白くはないと思った。
道路には子連れの家族やら老夫婦やらがそれぞれ笑みを浮かべて通りすがって行く。
そのうちの一人に、エレンが挨拶をした。
「あ、こんにちわ」
「あらこんにちわ。今日はお休みなのね」
50代半ばだろうか、その女性はエレンと同じようににこにこと笑いながら会話している。リヴァイも一応、会釈をする。確かご近所さんだったか、と不確かな記憶を辿るが、よくは思い出せない。
「はい。この間の羊羹、ありがとうございました。とても美味しかったです」
この間の羊羹?リヴァイは二人の会話から推測しようとここ最近のことを思い出す。そういえば、2、3日前に羊羹を食べた、気がする。こんなに記憶力が弱かったかと自分の歳を思案するが、まだまだ30代。きっと最近忙しかったから、それで記憶が曖昧なのだろう。リヴァイは自分をそう納得させて、二人の会話に意識を戻す。
「ほんとう、それはよかった。
この頃寒かったり暖かかったりするから、体には気をつけてね。そろそろインフルエンザも流行る頃だし…」
「はい、ありがとうございます。奥さんもお体にお気をつけて」
それじゃあ、と言って二人は別れる。エレンはリヴァイの方に顔を向けて、この間の羊羹、あの方に頂いたんですよ、と言った。ふうん、とリヴァイは返事をする。

川沿いの遊歩道にもやはり、子連れの家族や犬の散歩をする人がたくさんいた。川はいつものようにさらさらと水を運ばせていて、けれどやはり、寒々しかった。夏には冷たくて気持ち良さそうだと思ったが、こうして寒くなってくると氷のようなのだろうなと思った。
老夫婦が、手を繋いで仲良く散歩をしている。リヴァイはなんだか、自分の繋いでいない手がおもしろくなくて、エレンに手を差し出す。
「ん」
「え、あ」
差し出された手に、エレンは顔を赤くして戸惑っていたが、眉をハの字にして、鼻をすってそっと差し出された手に自身の手を重ねた。リヴァイの手は冷たくて、エレンの手の方が暖かかった。
「リヴァイさん、手冷たい」
エレンがそう呟くと、リヴァイはふふと笑った。
「嫌か」
エレンは思わずリヴァイのことをまじまじと見つめてしまう。
「いえ。…あったかいです」
その言葉に、リヴァイはまた笑った。
「そうか。それは、よかった」
その横顔が嬉しそうで、エレンはきゅっと手を強く握った。

そのまま二人で、黙ったまま歩く。
決して重い沈黙ではない。
繋がれた手から感じる体温に、心がふんわりと暖かくなる。
ああ、これが幸せか、と噛み締めた。
それは、病みつきになってしまいそうで、儚く感じる。
砂糖菓子のようにひどく甘く、儚く。

歩く二人を、たたた、と少女が追い越す。
手には、一輪のコスモス。
なんとなく二人してその少女の行方を目で追っていると、彼女の母親だろう女性が走ってきた彼女を抱きとめた。何事か喋って、それから少女は手に持ったコスモスを差し出す。母親はそれを受け取って、少女の頭を優しく撫ぜた。二人のいる場所からは見えないが、多分親子して笑顔なのだろう。
チラ、とリヴァイがエレンの方を向くと、彼は目を細めてその光景を眺めていた。
リヴァイには、さあ、その心情は推し測ることしかできないが、二人は男だから子供は産めない、そのことを嘆いているようにも、ただ眺めているだけのようにも見えた。悲しいのか、さみしいのか、どの感情を映しているのか、珍しくエレンの表情からは読み取ることは困難だった。

それからまたざくざくと歩いて、日が少し傾いてきた。それでも眩しいままだ。
「リヴァイさん、座りましょう」
エレンがベンチを指差して、リヴァイもそれに従う。
プラスチックでできた、木造に見せかけたそれは、寒い風にさらされて冷たかった。ごつごつして、座り心地がいいとはお世辞にも言えない。
二人して、並んで座る。
手は繋いだまま。
北風が、リヴァイの首もとを通ってエレンの髪を揺らした。
「さむ」
エレンは思わずそう呟いて、リヴァイの方へ身を寄せる。
甘えるようにリヴァイの肩に頭をもたれかけて、また「寒いですねえ」と言った。

「あっ」
エレンが何かを見つけたようで、パッとリヴァイから体をはなす。リヴァイはエレンの体がくっついていてじんわりと暖かくなっていた場所が、妙に冷たくなってさみしい気がした。
「どうした、エレン」
エレンはかがみこんで何かをしている。いったい何を見つけたのかとリヴァイが声をかけると、エレンは振り向いて、「ハイ」と手に持ったものを差し出した。
それは一輪のコスモスだった。さっき、少女が持っていたものと同じ色の。
「は、」
リヴァイは目を見開いてエレンを見つめる。
エレンは春の太陽みたいに笑って、もう一度、「あげます」と言った。
リヴァイはそれを受け取る。
エレンは満足そうに微笑んで、またリヴァイの隣に座った。

「エレン、お前」
リヴァイはなんだか可笑しくなって笑ってしまった。
エレンもつられて笑う。
リヴァイは横に置かれたエレンの手を迷うことなく繋いで、指を絡めた。
エレンも笑顔のまま、ぴたりと体をリヴァイに寄せる。
「…幸せですね」
「ああ」
リヴァイは力強く頷いた。



131117 こまち
守さんへ