押し付けたもの | ナノ


幾度目かの冬


ほかほかとお風呂につかって温まった体は、部屋の中の寒さをあまり感じさせない。それでもストーブの暖かさが恋しくて、エレンはバスタオルとドライヤーを持ってストーブの前に移動した。
「あったけえ…」
ストーブの暖かなオレンジの光を眺めて、それからしばらく目を瞑る。床にべったりと座って温まっていると、着ているスウェットも暖かくなって、肌に触れる温度が心地よい。ふへへ、と頬が緩んで、その暖かさに、今はパソコンに向かっているだろう同居人を思う。彼と一緒にいると、彼の体温はいつも自分のものよりも低いのに暖かい。不思議だ。たぶん、エレンと、それから彼の感情が関係しているのだろうとは思うけれど。
だんだん顔面が熱くなってきて、エレンは持っていたバスタオルで濡れたままの髪をがしがしと拭いた。幼い頃は、乱暴に拭くと髪が痛むからと母に言われたが、いまだ雑な拭き方は変わらない。男の子でも髪の毛が痛むのは嫌でしょうと言われて、その時は全く気にしないのにと思ったが、今になってみると、同居人であり恋人のリヴァイさんの黒髪はさらさらとして痛んでいることはないし、やはり髪をいたわってみようかとも思う。ほんとうにたまに、そう思う。そういえば、最後に人に髪を拭いてもらったのはいつだったか。その優しい感触を思い出して、あれは心地よかったなと一人呟く。今度、リヴァイさんにねだったらやってくれるだろうか。

そろそろ髪を乾かそうかとドライヤーのコンセントを差し込むと、後ろからぺたぺたと彼の歩く音がした。彼は冬でも夏でも家の中ではだいたい裸足なのだ。
「今から髪を乾かすのか、エレン」
低い声がして見上げると、コーヒーの入ったマグカップを口元に当てながらエレンを見下ろすリヴァイの姿があった。リヴァイはそのまま一気に残ったコーヒーを飲み干す。エレンはごくりと上下に動く喉仏や、スッキリとした下あごの輪郭に見惚れた。どんな動作だって様になる。かっこいいなあと胸中で呟いてぼうっと彼を見つめていると、リヴァイはマグカップをテーブルに置いて、口角をあげて不敵に微笑んだ。
「なんだ、見惚れていたのか」
「ちがっ」
焦るエレンに、しかしリヴァイは平静のまま「なんだ、そうなのか」と言う。そのまま手をのばして、「ん」と何かを催促するようにちょいちょいと指を動かした。
「え?」
エレンは戸惑う。リヴァイは何をしたいのか。
「ドライヤー貸せ。乾かしてやる」
予想もしなかった言葉にエレンがわたわたしていると、リヴァイはハァとため息をついた。エレンの後ろに膝をつき、ドライヤーを手に取るとスイッチを入れる。ブオオと熱風が吹き出てきて、エレンは前を向かされると、ストーブの熱気とドライヤーの熱風との挟み撃ちにあった。
「ちょ、リヴァイさん!」
あわてて声を上げる。だが、
「なんだよ、不服か?」
というリヴァイの言葉に、エレンは押し黙ってしまう。
「最初から黙ってりゃいいんだよ」
ドライヤーを持っていないほうの手でぺしりと頭を叩かれ、エレンは首をすくめた。
(あっちーな…)
ストーブと、ドライヤーと、それから彼に髪を乾かしてもらっているということが。なんだかとても贅沢をしていて、頬がもっと熱くなってしまう。

(あっ)
一瞬、冬のにおいがした。それはどこからにおってきたのか、でも確かに冬の、とうめいなこおりのかおり。寒い雪の日に、すっと窓から入ってくるにおいだ。
「リヴァイさん」
「なんだ」
「今、冬のにおいがしました」
報告すると、リヴァイはあまり興味がなさそうに、そうか、と相槌を打った。少し面白くなくて、本当ですよと言うと、別に疑っちゃいねえよと言われた。
「どこからにおってきたんでしょう」
「屁みたいに言うな」
「…風情がないですねえ、リヴァイさんは」
「うるせえよ」
ハハッと声をあげて笑うと、リヴァイは拗ねた様にドライヤーのスイッチを切った。
「乾いたぞ。どーでもいいこと言ってねえでガキはさっさと寝ろ」
反論しようと振り向くと、彼の伏せた目の、周りをふちどる睫が電気の光にキラキラと輝いていた。美しくて、思わず息をのんでしまう。反論しようとした、ガキじゃないですという言葉と一緒に。
「…なんだ?」
「いえ、別に」
見惚れていたなんて言いたくなくて、バスタオルとドライヤーを持って立ち上がった。体中あっつくて、とても満たされていた。たぶん、エレンの頬は真っ赤だった。



後日、エレンはリヴァイに、冬のにおいはドライヤーからしたのだと報告した。リヴァイはなんのことだか分からないと言う顔を一瞬したが、すぐに微笑んで、ああそうだったのかといった。彼は優しく頭を撫ぜてくれた。



131116 こまち
採さんへ