押し付けたもの | ナノ


今日のところは許してあげましょう


今日は俺が直々に訓練してやる、とリヴァイが言いだした。それも、対人格闘術を、だ。エレンは巨人化して巨人と戦うことも視野に入れておかなければならないからだ。
しかし、如何せん、リヴァイは力が強い。審議場での"演出"にしろ、対人格闘術の訓練にしろ、三日間は必ず身体中が痛む。
けれど、逆に言えばこれ程贅沢なことはない。人類最強と謳われるリヴァイに稽古をつけてもらうとなると、それなりに体力や技術も必要になる。エレンも凡人に教えてもらうよりも早く上達するだろう。

昼食の後、エレンは訓練場に向かう。これから感ずるだろう痛みを思って思わずため息が出そうになるが、代わりに深呼吸をして気を引き締めた。
五分前には到着したのに、リヴァイはもう既にそこにいた。慌ててエレンが駆け寄ると、「俺が早く来ただけだから気にすんな」と言われる。
「さて、じゃあやるか」
リヴァイはそう言って、通り過ぎ際にエレンの頭をくしゃりとなぜた。まるで、これから行う訓練での痛みを、今から軽減させるかのように。エレンは微笑む。「ハイ!」と返事をして、リヴァイの後を追った。


威勢良く返事をしたものの、やはり痛いものは痛い。何度も何度も身体を殴られ、蹴られ、地面に打ち付けられて、ああもう!と全てを投げ出してしまいたくなる。もうオレはこの人にずっと勝てないんじゃないか、と。
その時、妙案がエレンの頭に浮かんだ。
ーー確かに使えるかもしれないけれど、兵長からの信頼を失う、か…?いや、これは訓練だ。やってみる価値はあるだろう
そう考えている間にもエレンの腹にリヴァイの足が食い込む。
「ゲホッ…」
「おいおいどうした、もうお手上げか?」
下を向いたエレンに、リヴァイはそう声をかける。
しかし、そう言われてはエレンも負けてはいられない。
「まさかッ」
そう言ってエレンはリヴァイに再び向かって行くが、やはり力量の差は明らか。

エレンは、先ほど考えた"作戦"を行動に移すことにした。


機会を、狙う。
あの足が、あの拳がどこか致命的な場所に、それに近い場所に当たれば。
エレンはダメージを体に蓄積しつつもなんとか反撃に出ようと奮闘する。が、その頭の中では機会を伺っている。自分が少しでも本気で辛い素振りを見せたなら、彼はきっとひっかかってエレンに近づいてくるだろう。エレンはそう踏んでいる。

そしてついに、その機会がきた。エレンが体を縮こめたとき、リヴァイの足が背中に降ろされたのだ。好機を逃すエレンではない。
「う"ッ…!!」
エレンは少々過剰に声を漏らして、この場に屈み込む。痛みに体を震わすようにして。しかし膝と腹の間にはさんだ拳は、いつでも殴りかかれるように固く握りしめてある。
ーーかかれ…!
ぎゅうと目を瞑って祈る。もしリヴァイがこの"作戦"にかからなかったら、エレンはリヴァイに「なにしてるんだ」と見放される可能性が高い。むしろ声すらかけられないかもしれない。

それでも、エレンのその心配は杞憂に終わった。ザッ、ザッ、と地面を踏む音がして、リヴァイが近づいてくる。エレンは、よし、と胸の内で呟く。リヴァイはそのまま近づいてきて、エレンの上に影をおとす。
「おい、大丈夫か?」
彼の心配そうな声が降ってきて、エレンは思わず返事をしてしまいそうになる。反撃をやめてしまおうか…。
否。

エレンはありったけの力を込めて、拳を振り切った。
「もらったッ…!?なん、」
一見、エレンの奇襲は成功したかのように見えた。
だが、エレンの拳に肉体の当たった衝撃が来ない。それどころか勢い余って倒れてしまいそうだ。
エレンは頭をこんがらがせて、必死に辺りを見回す。どこに、どこに。

「フン、甘いんだよ…ガキが」

その声はエレンの下の方から聞こえた。低い、低い声。
咄嗟に下を向くと、リヴァイの顔が見えた。その薄い唇が、ニヤリとめくれあがる。


衝撃。



脳が揺れたのを、エレンは確かに感じた。
次の瞬間には、ドサリと地面に倒れていて、上には真っ青な空が広がっているのが見える。その視界に、今だ口元を釣り上げたままのリヴァイが入り込む。立ったまま、エレンを見下す。
「へい、ちょう」
衝撃で声すらまともに出せないエレンに、リヴァイはふふんとせせら笑った。
「いい格好じゃねえか。いつもいつも俺のこと見下しやがって…いい気分だ」
エレンはうっすらと笑う。
「なあ、俺が近づいたとき、かかったと思っただろう?甘いな。お前とはくぐり抜けてきた死線の数が違え」
相当いい気分らしい。よく喋るリヴァイを見て、エレンは思った。
そんなにオレを見下せるのが楽しいのか。
そしてそれは言葉になってリヴァイへと向けられる。
「オレを見下せるのが、そんなに楽しいですか?いつもは、できないから」

今まで上機嫌だったリヴァイが、最後の一言で機嫌を損ねたのは間違いなかった。額に青筋をたてて、口元がひくひくと動いている。
してやった、とエレンが思うと、エレンの腹にリヴァイの足が一撃、お見舞いされる。

黙って去って行ったリヴァイの気配を感じて、エレンは一人、声を漏らして笑う。
ーー今日だけは、引き分け…かもな。

エレンは痛む体を叱咤して、リヴァイを追いかけるために起き上がった。



131108 こまち
さい缶へ。戦ってるけど幸せ的な