その心臓に命はあるのかい 「兵長、」 昼下がり。 廊下の窓から差し込む太陽の光はレモン色でどこか冷たい。 エレンはそのレモン色を髪にのせたリヴァイの後ろ姿を見かけて、声をかけた。急用ではないけど、エレンにとってはそれなりに重要な質問。 なんだ、と振り返ったリヴァイは面倒臭そうに、それでもエレンの目を真っ直ぐに見つめた。その視線にエレンの視界は一気に狭められる。 薄墨色の瞳に長い睫毛、陶器のような色白の肌、黒蜜のような黒髪。華奢な体躯も長い脚も、薄いさくらんぼ色の唇も。エレンは一瞬の間に彼の全てに魅了され、息を飲んだ。 「え、えっと」 大した用もないのに声をかけたことを悔やむ。こんなうつくしいひとに。 「ここじゃあ言えないようなことなのか?」 口ごもっていると、リヴァイは眉をひそめてエレンの顔を覗き込んだ。その顔は部下を心配する上司の顔で。エレンは慌てて首を横に振った。 「ち、違うんです。そんな、大した用じゃないんですけど…」 すみません、と呟くように言えば、リヴァイは安心したようにため息をついた。 「なんだ、何かあったのかと」 「いえ、すみません。ただ、気になったことがあっただけで」 またもすみませんと謝ると、リヴァイはもういいとエレンの額をぺちりと叩いた。叩かれた額が熱く、火照る。それと共に、兵長ってこんなことするんだ、とも思う。 「あの、兵長の」 言いかけてふと、躊躇った。 プライベートに踏み込むのは、初めてだから。聞いてもいいことなのか、それとも「今日はいい天気だな」と断られるのか。 エレンは視線をうろうろと彷徨わせた。 そんなエレンに耐えかねて、リヴァイが「どうした?」と先を促す。片眉がつり上がっている。 エレンは暫くあーとかうーとか唸った後、意を決して口を開いた。 「兵長の、誕生日はいつですかっ」 リヴァイはぱちくりと目を瞬いた。 目の前の新兵は、そんなことを聞くためにリヴァイを呼び止め、まるで大きな決断を迫られたような顔をしたのだ。 思わず可笑しくなって笑ってしまった。 「はは、お前、そんなことを」 初めて見たリヴァイの笑顔に、エレンはびっくりする。 あの、兵士長が。いつも仏頂面を崩さない、怒っているんだかわからない顔の兵長が。 へえ、笑うんだ。エレンは少しくすぐったくなった。 しかし、そんなに可笑しい質問をしたのだろうか。首を傾げる。 「ああ、悪い。いや、そうかーー」 リヴァイは窓の外へ目を移した。目の前のエレンの瞳と同じ、薄い黄色の陽の光。それが世界を照らし、木が、葉が、空が、全てが。 リヴァイは目を細めた。 そして、エレンに視線を戻す。太陽の色を湛えた彼の瞳を真っ直ぐ射るように。 「俺は、自分の誕生日を知らない」 エレンは小さく、え、と声を漏らした。 そして、思い出す。彼が地下街出身だということを。 何故そのことを考えなかったのだろう。少し頭を働かせれば気づいたはずなのに。 エレンはリヴァイから視線を逸らした。 彼は、自分のことを嫌なやつだと思っただろうか。何も考えないやつだと、プライベートにずかずか踏み込んでくるような無神経なやつだと。 違うんです、とエレンは叫びたかった。若しくは時間を巻き戻したかった。 悔やむ。 「エレン、」 ふとリヴァイの柔らかい声がエレンの鼓膜を震わせた。 「エレン、別に気にすることではない。ただ単に、お前が聞きたかったんだろう?そして俺が答えた。それでいいだろ」 リヴァイはエレンを宥めるように言う。しかしエレンは両の手の拳を握りしめたまま俯いている。 リヴァイはエレンに一歩、近寄った。 「なあ、エレン。別に誕生日なんてどうってことない。要はお前が生きているか否か、だ。こんな世界だーー生きていれば、それだけで」 とん、とリヴァイの拳がエレンの左胸に乗せられる。 「ここに、お前の心臓はあるだろ。全身に向けて血を送って、吸い込んで、動いてる。ああ、確かに捧げたな、民衆に、王に。だけど、ここに在る。そんでこいつが動いてる限り、お前は生きてる。 いつ死ぬか分からねえ世界だ。だったらいつ産まれたか、じゃねえだろ。今、生きてるかどうか、だ」 そう言ってリヴァイはもう一度、エレンの胸を叩いた。 心なしかリヴァイの声には力が込められているように感じられた。エレンは、唇を噛む。 「…はい、兵長」 リヴァイはそんなエレンを見て、フンと鼻を鳴らした。 「それともこんな話、ガキのお前には分からねえか?」 「わ、分かりますよ!」 リヴァイの言葉にエレンは慌てて言い返す。彼はまた微かに笑って、エレンに背を向けた。太陽のレモン色は酸っぱい。 エレンはリヴァイの後ろ姿を見て、呟いた。 「今日はよく、喋るんですね」 140105 こまち 採さんお誕生日おめでとうございました! |