押し付けたもの | ナノ


かわいいのねえ


「なー、兄貴」
エレンは床に座って、壁にべったり背中をくっつけながらベッドの上の布団の塊に話しかける。
「黙ってちゃわかんねえって」
兄のエレンが布団の中に籠城しているのを発見し、なだめすかしてどうにか話を聞こうと粘ることかれこれ一時間。窓の外はもう真っ暗で、エレンの腹は空腹を訴えている。
一時間半ほど前に、高校一年のエレンは部活を終えて兄と二人暮らしのこの部屋に帰ってきた。いつもは暖かな灯りがこうこうと部屋を照らし二つ上の兄が料理をして待ってくれているのに、今日は玄関を開けても真っ暗だしいい匂いもしなかった。まだ帰っていないなんて珍しいこともあると、エレンはさして気にせずに手際良く料理の準備をしていた。しかし途中で、今朝家を出た時には無かった、いつも兄が使っているコップに水の入っているのをみつけた。訝しんだエレンは、玄関に靴を見に行った。するとやはり、兄のローファーが隅の方に脱ぎ捨ててあって、つまり兄は家にいるということで。エレンは何かあったのかと部屋中を探し、寝室の扉を開けて布団の塊をーーもとい兄を探し当てた。
つまりエレンは、部活後のくたくたの体で何も腹に入れず、小一時間を籠城した兄のために費やしていた。そろそろ疲れてきたエレンだが、兄をどうにかしない限りは夕飯の準備も何もあったものではない。
「何があったんだよ。オレがどうにかできることならするし、そうじゃなくても話聞くくらいはできるし」
そう話しかけてもなんの返答もない。相当嫌なことでもあったんだろうなあとエレンは天井の蛍光灯を見上げた。
エレンは暫く考えると、立ち上がって布団にくるまった兄の方へ向かった。そして布団ごと、兄を包むように抱きつく。
ぴくりと布団の中の兄が動いたのを感じて、エレンは一応安堵の息をついた。何の反応もないものだから、もしかして寝てしまっているんじゃないかとか、気絶でもしていたらどうしようと思っていたのだ。まあ、布団をめくりあげようとしたらものすごい力で巻きつけた布団を離そうとしなかったから生きてはいるのだろうと分かっていたが。
「あーにーき。話して楽になることもあるぜ?」
体を小さく前後に揺らしながら、あやすように言う。
と、布団の間から兄のエメラルド色の目だけが現れた。蛍光灯の灯りに照らされてキラキラと輝く。やっと話す気になったのかとエレンはそれに笑いかけた。
「兄貴」
しかし彼はエレンの笑顔が気に入らなかったのか、また布団の中にこもってしまった。
「ええ!?兄貴!なあほんと、どうしたんだよ…」
こうされてしまうと、エレンにはもうどうしたらいいかわからない。布団がエレンの体温で暖かくなってきて、きっと兄のいる布団の内側はもっと暖かいのだろうと頬を膨らました。
「…おまえ、昼」
いきなり、布団の中からもごもごとこもった声が聞こえてきて慌ててエレンは布団に耳をくっつける。「ん?」と相槌を打って先を促せば、中で鼻をすする音がした。泣いているのか、とエレンは驚く。先ほど見えた兄の瞳が光っていたのは、涙のせいだったのかもしれない。
「学食で…おんな、と……」
だんだん尻すぼまりになっていく兄の声は、布団の向こうから聞こえてくるということもあって非常に聞き取りづらい。
「え?なに?ごめん、よく聞こえない。学食で?」
エレンが聞き返すと、布団の中から兄の頭が勢いよく飛び出してきた。びっくりしてエレンが目をぱちぱちと瞬いていると、バツが悪そうに兄は目を逸らして口を開いた。
「学食で、女と一緒に食ってただろ…二人で」
そこまで言うと、兄はまた布団を被ってしまった。エレンはしかし、空いた口がふさがらない。学食で、女と二人きりで昼を食べていたから、だって?しかもそれで、布団に籠城して涙を流していた?この男が?
エレンは暫くして、ついに笑い出してしまった。
ベッドの上で笑い転げるエレンを兄は布団から真っ赤な顔を出して睨みつける。
「だから言いたくなかったんだよっ!お前絶対バカにするから!」
兄の真っ赤な顔を見て、エレンは愛おしくて仕方なくなってしまう。なんてかわいいことを言うのだろう、この男は!二つも年上だというのに弟のエレンよりもはるかに可愛げのある男だ。
エレンはこみ上げる笑いを抑えて、布団の熱でか羞恥からでかあるいはどちらもなのか、熱くなった兄の額にキスをした。
「かわいいね、兄貴ったら。オレが女と昼飯食ってたのを見て、嫉妬して泣いちゃったんだ?」
可愛くて仕方がないという風に抱きつけば、兄はぐずぐずと鼻を鳴らして「泣いてないし」なんてバレバレの嘘をついた。エレンは抑えられぬ笑みが顔じゅうの筋肉を弛緩させるのを感じながら、布団越しに兄の背中を優しく撫ぜる。
「あのね、あの子はアルミンのことが好きなんだって。オレとアルミンは仲良いから、話を聞いてあげてたんだよ。別に兄貴が心配するようなことはなーんにもないんだ」
安心させるように優しい声で話す。
「ね?」と兄の顔を覗き込むと、はっきりと涙の跡が残っていてまた笑そうになったけれど気合で抑える。ここで笑ったらだめだ。
「…ん。悪かった…」
兄は目を逸らしながらそう言って、もぞもぞと体を動かした。そして布団から出した腕を弟の体に巻きつける。
エレンも布団の中に手を入れて、兄の背に腕を回した。そうしてぎゅっと力を込める。兄は安心したように息をついてエレンの肩に顔をうずめた。
その暖かさを感じながら、エレンはやはりにやけてしまった。
(なんてかわいいんだろう、うちの兄貴は!)




131226 こまち
けん太さん元気出して…