ゴミ箱 | ナノ


世の中頭の中でまわってるわけじゃないの


※がっつりハリポタ死の秘宝ネタ。兵長はノンケです


「ねえ兵長」
そう問うてきた、声変わりしたにしては少し高めの青年の声に顔をあげる。
執務机に向かって座ったリヴァイは、立っているエレンを見上げるかたちになる。いつも、身長はエレンの方が高いはずなのにリヴァイがエレンを見下すから、これは珍しい。
エレンを見上げると、彼の後ろに窓があって、夕日がちょうど差し込んでいて後光がさしているように見える。リヴァイは眩しさに目を細めて、なんだと首を傾げた。
「この前読んだ本に、あ、ファンタジーなんですけど、面白いのがあって…死の秘宝っていう三つの秘宝があるんです。その三つは全てを揃えると死をも征服できる、ってものなんですけど。一つは最強の魔法の杖、一つは蘇りの石といって転がすと死者が幽霊となって自分たちの目に見えるようになる。最後の一つは、透明マント。被ると他の人の目から逃れられるんです」
そこでエレンは言葉を一度切る。リヴァイは「くだらねえ」と呟いた。その呟きにエレンは微笑して、話を続ける。
「兵長はどれか一つ選べるとしたらどれがいいですか」
リヴァイは少し考えて、そして尋ねた。
「その、最強の杖とやらで人を生き返らせて自分も透明になれればいいんじゃないのか」
その言葉にエレンは驚いたように目を見張って、それから笑って言った。
「最強の杖でも、死んだ生き物を生き返らせることはできません。透明になることはできますが」
リヴァイは笑われて機嫌を損ねてしまって、頬杖をついて唇を尖らせる。そんな様子にエレンはまた笑って、ねえどうします?と再度問うた。
「お前はどうなんだ」
頬杖をついたまま聞く。自分だけ聞かれて答えるのはなんとなく癪だったからだ。
「オレですか?そうですね…」
うーん、と唸るエレンに、リヴァイは、こいつは人に聞いておいて自分は答えを出していなかったのか、と少々呆れた。もしかしたら、自分では答えが出なくてリヴァイに聞いてきたのかもしれない。

「最強の杖、ですかね」
エレンの答えに、リヴァイは意外だと思った。それと同時に、ああやはり、とも思う。エレンは母を目の前で失ったという。だから、母を生き返らせたような状態にしてでも話したいことがあるのではないかと思ったのだ。しかし彼には巨人を一匹残らずこの世から駆逐してやるという野望がある。どちらを優先させるのか、と思っていたが。
ふうん、と相槌を打って先を促す。
「最強の杖で巨人を全部駆逐するんです。そして、駆逐したあとは、その杖を折るんです。
このお話の最強の杖を持った最後の人は、杖を真っ二つに折るんですよ。なぜなら、最強の杖は誰もが欲しがって争いの元凶になるものでしたから。オレたちだって、きっとそんな物を手にいれたらみんな自分の物にしたいと思うはずですし…。だから、自分勝手ですけど、オレの目的を達成したら壊してしまいたいです」
ここまで話して、エレンは、兵長もちょっと似てますね、と言う。
「だって兵長も、人類最強で、その遺伝子をお偉いさんたちは争って取り合っています。貴方の意思など関係なしに。ふふ、オレが貴方の見合いについて何も知らない訳ないじゃないですか。だって貴方の見合い話が絶えないことぐらい、調査兵団の中では常識です。皆さん知ってらっしゃいますよ。全部断っているらしいですけど。…誰か好きな方でもいらっしゃるんですか?」
夕日をちょうど頭の後ろに隠していたエレンが首をかしげるものだから、リヴァイの目に直接日の光が当たって眩しい。目を細める。
「…馬鹿言え。そんな訳あるか」
そう答えたリヴァイに、エレンは冗談ですよ、と笑って返す。
「ね、貴方に少し似ているでしょう、最強の杖って」
いや全く、と全否定するリヴァイ。エレンはまあいいですけど、とすぐ引き下がって、リヴァイに再度同じ質問をする。
「話し戻しますけど、兵長、貴方がもし秘法を一つ選べるとしたら、何がいいですか?」
「ああ…」
なんだろうな、と呟いて、頭を巡らす。やはり、逆光でエレンの顔は見えない。
特に隠すことでもないので言ってしまおうか、この際。先程の返答が偽りであったことになってしまうが。

「蘇りの石、だったか」
それが、欲しい、と。そう言ったリヴァイの薄い唇をエレンは目を見開いて見つめていた。エレンの眼球は彼の唇が映っていたが、脳では視覚情報を殆ど処理していなかった。
エレンにとって、その答えは驚きだった。まさか、そう答えるとは。でもまあ確かに彼は人類最強の名を与えられているし、透明マントも特に必要としていないだろうとは思っていたけれど。
「なんで、ですか?」
そう尋ねたエレンに、リヴァイは平然としてなんでもないことのように答えた。
「俺は昔、恋人を失ったんだよ。自分でも女々しいと思うが、未だにきっと未練が断ち切れないでいる。きっと、ってのは自覚があるようなないような感覚でいるからだ。…もう一度会いたいんだよ」
珍しく自身のことについて喋り、自嘲するように笑うリヴァイだが、エレンは脳が追いつかない。
兵長、恋人がいたんだ。そりゃ、いないとも思ってなかったけど。
続けてリヴァイは呟く。
いい女だった、と。
別に、とエレンは自分で言い訳する。別に期待してたわけじゃない。だって兵長がオレを気にかけてくれるのはオレの"監視"だから。オレが憧れを抱き、狂おしい程の恋慕を兵長に感じていて、それと同じか近い感情を持ってるんじゃないかなんて思ってない。そんなの、ただの慢心でしかない。
けれど、けれど。

「ほんとに、好きなんですね、その方を」
今でも好きだなんて。
心にも無いことを口にして、エレンは無理矢理笑う。リヴァイはまたもとの無表情に戻って静かに肯定の音を口にした。
エレンはもう耐えきれなかった。自分で聞いたことなのに、自分を少しでも意識して欲しくて計算して話したことなのに、こんなに傷つくなんて。
「ありがとうございました、兵長。変な話をしてごめんなさい…今の話は誰にも言わないですね」
誰にも言わない、当たり前だ。誰にも言わないで、そのまま忘れてしまいたい。同じように兵長の頭の中から"彼女"も消え去ってしまえばいいのに。
失礼しました、と、中盤までの余裕さは失い、エレンは足早に執務室を出る。途中までは上手くいっていたのに。まさか、まさかリヴァイが未だ想い続ける女の人がいたなんて。予想していなかったから防ぎようがなかった、無防備なままでリヴァイからの無意識の攻撃を受けてしまった。ああ、と痛む胸を抑えて執務室の扉を閉めて背をつける。そのままエレンはずるずると座り込んでしまった。

リヴァイは気づかないはずがなかった。あのエレンの金色の瞳に魅惑の色が灯っているのも、計算して自分に話をふってきたことも、自分が未だ好きな人がいると言ったときの目の翳りも。逆光で見えないからといって、目の光が分からないわけでは無いのだ。
薄々気づいてはいた、エレンが自分に向ける視線はどんな感情がこもっているのか。しかしそれは単なる憧れだと思っていた。思い過ごしだと、憧れを強めただけなのだと。しかし、違った。先程のエレンの様子から言って、彼は間違いなくリヴァイを好きだと言っていいだろう。
嫌悪。
リヴァイの頭の中にはそれしかなかった。まだ地下街でゴロツキだったころ、男には何度も抱かれた。ただただ気持ち悪かった。そのせいか、同性愛について、他人のことはどうこう思わなかったが、いざ自分がその立場に立ってみると、嫌悪感しか抱かなかった。
何故、あのガキは俺にあの視線を向ける?憧れを拗らせてあんな目をするものなのか?否、そうではない。ああ、気持ち悪い。

リヴァイは手元の書類を思わずぐしゃりと握りしめた。


130812 りーく