名前は激怒した。
なんて、どこかの台詞と同じ様に言うが、今回ばかりはマジでキレた。
原因は雅治だ。
《loosest》
高校に入って一人暮らしを始め、元々一人暮らしだった私の家に近くなったせいもあり、よく私の家に遊びに来るようになった雅治。
それが段々と悪化していくと、ヤツは私の家に住み着くようになった。
思えば、そこで甘やかした私が悪いのかもしれない。
なんだかんだ雅治が私の家に来てくれるのが嬉しかったのだ。
だが、アイツは
掃除をしない。家事をしない。働かない。
とにかく何もしない。所謂「寄生虫」と化していたのだ。
何度言っても全く動かない雅治にいい加減痺れを切らした私は、雅治を家から追い出した。
着替えや荷物、雅治の食べかけのかりんとうも追い出し、合鍵も奪った。
最初は駄々を捏ねて携帯を鳴らされまくったり、インターホンを連打されたり、学校で執拗に追い掛け回されたり、ある夜は何故かベランダに立っていたり(ホラーかよ!)されたが、「うるさいヒモ男め、一人立ちしろ!」と言い続けると、いい加減諦めたのか、それも無くなった。
それから2日が経った。
毎日住み着かれていた私が、ちょっと寂しく感じてきた位の時だ。
異変が起こった。
雅治を起こす役の私が居ない2日間、当然の様に遅刻していた雅治が、
3日目にして学校を休んだのだ。
まぁ、無断欠席だし、今日は1日中眠り呆けているのだろうと思っていた。
だが、4日目も、土日を挟んで5日目も更に6日目も、来ることはなかった。
7日目になると、またも雅治と同じクラスになっていたブン太が「1週間分のプリントめっちゃ溜まってるから俺持ってくわ」と言い出したので、私持っていこうか?と名乗り出てみたのだが、「お前、今行ったら思うつぼかもしんねぇぜぃ?別居中なんだろぃ?ついでに俺が様子見てくるぜぃ」と言われた。
確かにそうかもしれない。
あの詐欺師の事だ。私が寂しくなって心配して、雅治の家に行って、しょぼくれてる雅治をよしよしなんてしてやったら、アイツは心で「掛かったナリ」って思うに違いない。
危ない危ない。アイツはそういうやつだった。
ここはブン太に任せるとしよう。ただ、『別居中』と言う言葉は聞き捨てならなかったので、ブン太に一発ケツキックをしてやって、教室から追い出した。私は雅治の女房でも家政婦でもない。
そして、8日目。
朝からいきなりブン太が私の教室に飛び込んできた。
何事だ?まさか、雅治になにか…?
「やっべぇよ…俺、間違って部屋入っちまったかも…!」
「は?」
何を言ってるんだコイツは。気づけよ。
「ちゃんと号室確認とかしなかったんだけどよ、いっつも行ってた部屋で間違いないと思ってたから、郵便受けにプリント突っ込んだあと、何気無くドア開けてみたら開いてたもんだから、声かけて入ったんだよ…。
そしたら…、閉めきって真っ暗の部屋の中に、なんか汚いおっさんみたいなヤツがいて、ヤベェ!と思って、間違えましたっ!って叫んで逃げてきたんだよ…。」
「それ、部屋間違えたんじゃん」
「やっぱりか」
「もしくは隣の部屋のオッサンと部屋チェンジ詐欺」
「うわっ、何それ悪質。」
雅治め。後者なら、完全に私で遊ぼうとしてやがるな。
まぁ、どうせブン太の早とちりだと思うが。
よし。下調べはブン太がしてくれたから、私が行って叱りつけに行ってやるか。
こんちきしょうめ。私は騙されんぞ。
そして今、雅治の部屋の前。
ブン太は間違いなく昨日、ちゃんと雅治の家に入った事は入ったらしい。ちゃんと雅治の部屋の郵便受けにプリントが入ってる。と言うか入りっぱなしだ。
よし…。
インターホンを押してみる。
が、反応は無し。
居ないのか?もしくは実家に帰ったとか…。
だが、ドアノブを回してみると、鍵はかかってないらしく、かちゃりと軽い音がして簡単に開いた。
不用心な。
中を覗いてみると、カーテンを閉めきっているせいで薄暗い。
人は見当たらない。寝てるのかな?
一応、もしホントに部屋入れ替え詐欺をしていたら恐いので、音を立てないように入る。
もし本当に入れ替えをしているなら不法侵入だ。
だが、雅治の部屋とレイアウトは同じ。
ベッドの方を見ると、寝ている人が見える。
なぁんだ。布団からはみ出すフワフワした真っ白な髪は間違いなく雅治だ。
安心しきってしまったせいか、もう怒る気も失せた私はカーテンを開けて寝てる雅治の頭を撫でる。
整髪料を特に使っていない雅治の髪はいつもフワフワー…ん?
なんだか…ゴワゴワしてる…?
「…ん」
髪を触ったのに反応した雅治が起きた。
ごろんと寝返りをうって私の方に向く。
「…名前?」
眠たそうな目で首をこてん、と傾げる、寝起きの仕草が可愛らしいこの生き物は、間違いなく雅治だ。雅治であるのだが…。
「――汚い!!!!」
この1週間、手を付けていなかったのか、ヒゲがめっちゃ伸びてる…。誰かと思った。というか、何かやつれてる様に見える。
てか、ちょっと臭い…!?
「ちょっと雅治…何してたの!?」
「…なにも」
1週間であまりにも酷い格好になってしまっている雅治の姿が見ていられず、私は雅治をベッドから引き摺り出して脱衣場に押し込んだ。細い髪の毛ががんじがらめになって鳥の巣のようだ…しかも臭いオプション付き。
「なんで」
「いいから!風呂に入りなさい!それから髭も剃る!」
「めんどくさい」
「黙れ。良いから言うことを聞け。」
「ふく」
「は?」
「ぬぐのめんどくさい。」
雅治は、脱ぎ方がわからない子供の様に服を見下ろす。
マジで言ってるのか…。
仕方なく上の服の裾を持ち上げ、脱がしてやる。こいつの方が身長デカいからめっちゃ脱がしにくいぞこのやろう。
「はい。甘えるのはそのぐらいにして、さっさと風呂に入っちゃいなさい。」
「したは?」
「は」
いつものニヤリとしたような表情ではなく、無垢なこどもの様にキョトンと首を傾げる。
「じっ…自分で脱げボケェェェエエエ!!!!」
突き飛ばして脱衣所の扉を閉める。
なんだあいつは…アホか!?
そのままいると、諦めたのか布擦れの音がしてくる。
まったく…。雅治が風呂場に入ったのを確認して、着ていたものを洗濯機の中に放り込み、タンスから違う服と綺麗なバスタオルを用意してやって、シーツも洗濯機の中に放り込み、回す。
しかし、あいつはどういう生活をしてたんだ!?
雅治の部屋を見回してみる。
・台所は、いつから使われていないのか、茶碗の中のご飯がカッピカピでへばりついている。
・床にはちらほらゴミが。
・カーテンは締め切ったまま。
・郵便受けは、プリント意外にも色んなもので溢れ返っている。
・当の本人は浮浪者のような出で立ちであった。
・冷蔵庫は空に近い。
・私が雅治と一緒に追い出した服がそこらに散らばっている。
…まるで引きこもりだ。
だが、冷蔵庫がこんなからっぽの状態で、ご飯はちゃんと食べていたのだろうか?
とりあえず雅治が風呂から上がるまでの間で、部屋を片付けてやった。
しばらく片付けていると、雅治が髪の毛からぽたぽた雫をたらしたまま、「あらった」と言って上がってくる。バスタオル一枚を腰にだけ巻いて。
私は問答無双で再度脱衣所に押し込む。
「なんじゃ」
「服を着る!」
「ふく、まわっとる」
「新しいのおいといてあるから!」
そういうと、「こんな着にくい服はいやじゃ。スエットがいい」などと文句をいいながら着始める。
ホント、いい加減にしてくれ。
ようやく、ちゃんと服を着て出てきた雅治のべちゃべちゃな頭を拭いてやると、床に正座させる。
「雅治。あんた、学校休んでなにしてたの」
「だから、なにも」
「食器とか全然使ってないみたいだし、コンビニ弁当っぽいゴミもないし、冷蔵庫も空だし、なに食べてたの」
「それ」
"それ"と、指をさすのは、先ほど開きっぱなしだったのでゴムで縛ってふたをした私が雅治と一緒に追い出した…
「かりんとう」
「…うん。そ、それだけ?」
「めんどかったからの」
「…お風呂は」
「いまはいった」
「いつから入ってない?」
「おまえさんち出てからはなにもしとらん」
また「めんどくさかったからの」と付け足す彼の、"なにもしとらん"という言葉は、本当にそのままの意味らしい。
もう怒ってはいないけれど、ここまで来ると責任を感じずにはいられない。付き合いだした頃の雅治はこんなんじゃなかった。
洗濯をしてあげていたのは私、ご飯を作っていたのも、食器を洗うのも掃除をするのも全部私の仕事。こうなってしまう前に、もっと早く雅治に協力して貰っていれば良かったのだろうか…
でも、きっと今回の件で雅治は懲りたはずだ。掃除を完璧に終わらせたら、また二人で私の家に戻ろう。そして雅治と本当の意味での一緒の生活を始めるんだ。
「のう」
「ん?」
「まだ、かみから水がたれてくるんじゃ」
「…うん」
「ふいてくれんのか…」
コイツ…!
しかし、ドライヤーで髪を乾かしてやると猫のように目を細めて喜ぶ雅治の顔が一瞬頭を過ぎった。そして、それとは対照的に目の前にいる雨の中に捨てられた仔犬のような…可哀想な雅治。
溜息を吐きながらもドライヤーを用意してしまう私は、結局雅治には甘いんだなと再認識したのだった。
「雅治気持ち良い?」
「さいこうじゃー」
「そっか」
「うあー」
END.
******************
結局なにも変わりません(笑)
そんな、ひとまの脳内に寄生している雅治を具現化してみました。
(ちょっと手伝いました。)byひとま
ねぇねぇ、これっていわゆるダメ男じゃね?
(そんなまーくんがSUKI!!!!)