彼女に会いに行く。

立ち込める消毒の香りも、真っ白過ぎるこの部屋も大嫌いで、でも大嫌いな部屋で眠ってるんは大好きな名前先輩で、「名前が事故に遭った」と知って病室に駆け込んだ時は思わず眩暈がした。

当初は現実味がさっぱり無くて吐き気に襲われていたこの場所も、悲しい事に慣れてしもた。

やって、事故に遭うちょっと前に一緒に帰ってて、また明日って言って別れてから直ぐにこんな状態やで。笑えん。可愛い名前先輩の顔は擦り傷だらけで、腕にはいっぱい包帯が巻いてあった。白石部長とお揃いやな、と考えてみても全く笑えんかった。




「今日、地区予選だったんすわ」


事故から一回も目覚めへん名前先輩の横に座って、今日も一人で喋る俺。うんともすんとも言わん先輩の手を取って、撫でる。事故の時に出来た傷の瘡蓋はとっくに剥がれて、元の綺麗な先輩の手やった。


「勿論俺は勝ったで。ちゅーか、皆勝った」


笑えんのに、俺は病室でずっと笑顔を作る。柄にも無くにこにこしながら一人で喋り続ける自分の世間体はどうでもええ。先輩が好きって言うたから、俺は笑う。


「光の笑顔、私は好きだけどな」
「は?」
「笑顔笑顔。ほら、よく友達といる時は笑ってるのに、私の前だと全然なんだもん」
「何見とんすか、キショ」
「うわっムカつく」



何であの時、素直に有難うって言えへんかったんやろ。何であの時に、手を繋ごうとした先輩の綺麗な手を、恥ずかしいっていう理由で振り払ってしもたんやろ。何であの時、


「大好きです、先輩」



今そう言って笑っても、先輩は天井を向いたまま眠っているだけで。
罪滅ぼしになんかならん事は自分でも分かっとった。でも、このまま何もせんと、俺が狂ってしまいそうで、必死で先輩に笑い掛ける自分勝手な俺。



「…俺、先輩にまだ謝ってへん。ほんまは俺も手ぇ繋ぎたかったのに、拒んでしもた事も、いっつも憎まれ口叩いた事も、笑顔でいれへんかった事も、全部全部謝ってへんよ」



ぼたぼた、と先輩の手に涙が零れる。鼻が詰まって息がし辛い。ああ、あかん。いっつもこの事考えて泣いての繰り返しやんか。泣き顔のまま無理矢理笑った。涙が口の中に入ってきてしょっぱい。



「俺の笑顔、好きなんやろ?今なら見放題やで。こんなサービス、先輩にだけっすわ。せやから早う起きて、…なあ、名前先輩」



「光」ってあの声で呼んで欲しい。簡単に壊れてしもた俺の日常が、あんなにも幸福だったんだと知らしめた先輩の事故。点滴の雫が落ちるスピードよりも早く、俺の涙が先輩の手に降り注ぐ。


「光、また明日ね」


そして、事故の前に交わした先輩の声が頭の中でリフレインした。















明日っていつやねん、アホ。



END.

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ご心配なく、名前先輩目覚めます。
元気一杯に回復します。
という続き書かないけどネタバレ。


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