何か嫌な事があると爪を噛む。
昔っからそうだ。私の悪い癖。
今も左手の親指の爪を齧る私。教室の黒板前、教卓の前の席に私の幼馴染がいて、その横には可愛い可愛いカノジョサマが幼馴染…忍足侑士にくっついて甘えていた。
独占欲が強いなぁ、と自分でも思う。小さな頃から一緒に居る侑士を独り占めしたくて、私から溢れ出す甘い痛みが、誰も傷付けること無く私の親指の爪を剥いでいく。
ギリギリ、爪と一緒に心が軋んだ音がして、無性に泣きたくなった。
だから私は目の前の侑士にメールを作る。左手の親指の爪を噛んだまま、右手で携帯を操作して、送信。
【今日、家においで】
たったそれだけ。侑士の携帯が振動して、侑士が携帯を取り出す。カノジョサマはそれを咎めもせずにまだお喋りを続けていた。煩い女。口を縫い付けてやりたい。
そして、震える私の携帯。
【名前がご飯作ってくれるんなら、行く】
幼馴染は最高だ。だって周り公認で家に呼べるから。
私はこっそりとカノジョサマに向かって舌を出して詫びる。ごめんなさいね。
「まぁた爪噛んだん」
ご飯が済んだ後に、部屋でくつろぐ侑士が私の爪をじっと見て、ため息を吐いた。どうしよう、呆れてるのかな。怒ってるのかな。
「昔から何にも変わっとらん」
侑士が私の手を取る。宝石を持ち上げるみたいに恭しく、丁寧に。侑士の温かい指先の温度が伝わって来て、胸の鼓動が速まる。ちょっと長めの髪が、艶々と光っていた。
「嫌な事、あったんか」
言えない、言えないよ侑士。カノジョと一緒にいるから妬いてたなんて。侑士を好きだからなんて、言えない。
ぼろぼろと涙を溢す私の手を見つめながら、何も言わない侑士。侑士の温かい毒が私の指を通じて浸透するようで、私は侑士の手をそっと払った。
頭が良くて優しい侑士は、私の気持ちに気付いているのかな。俯いていて見えない瞳に、私は映っているのかな。もういっそ、侑士で染まりきってしまいたいのに。
「名前…」
それは酷く温かくて甘い
お願いだから名前を呼ばないで欲しかった。
END.
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どうしてこうなった。