朝、開口一番に妻に言われた。
「永四郎、鏡を見てらっしゃい」と。

台所で朝の挨拶も交わさずに、半笑いでこちらを見る妻に疑問符を浮かべながら洗面台に向かい合う。


鏡に映る自分の額には、でかでかとハートマークが描かれていた。





















「ぱぱ、おはよう!」
「おはよう」


犯人は分かっている。もうすぐ3歳になる俺の娘だ。
ここ最近はお喋りも上達し、幼稚園で覚えたチューリップの歌を唄ってくれた時は思わずビデオカメラを回した。それを平古場くんに見せると「可愛いからわんの息子と結婚させる」とほざき出したので、当然反対しておいた。うちの一人娘が嫁に行くなんて考えただけでゾッとする。


話が盛大に反れたが、可愛いさが増すにつれて目立って来たのが、そう…悪戯。

通勤鞄に妻のパンティが入っていた時は、飲んでいたブラックコーヒーを盛大に噴出した。
お蔭様で会社のデスクと会議資料がコーヒーまみれになったが、それでも娘を叱れなかったのは何故なんだろうか。


「ぱぱ、おしごと?」
「仕事だよ」
「なんじに、かえるの?」
「昨日と同じくらい」


ソファに座った俺に、笑いながら抱き着く娘。くりくりの目は間違いなく妻譲りで、俺は一瞬叱る事を完全に忘れていた。…これはいけない。きちんとやって良い事と悪い事を教えなくては。


「パパからも聞いていいですか」
「んー?」
「どうして、寝てるパパのお顔に悪戯したの」


油性で描かれて中々落ちなかったハートマーク。きょとんとしていた娘は俺を見つめたまま、再びふにゃっと表情を崩して笑顔になった。


「ぱぱが、だいしゅきだから!」






「ああ、どうして今ビデオカメラを回していなかったんだろう」と考える俺の頭の中に、もう叱るの"し"の字も考える隙間などなかった。思わず娘を抱き締めて立ち上がる。


「ぱぱ、くるしー!」
「パパもでーじーかなさんど」
(パパもとっても愛してます)





END.

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「あら、殺し屋は廃業?」
「…かもしれません」




企画:彼と私は家族ですさま
へ提出させて頂きました!

 


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テーマ「人外ファンタジー」
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