弟が私を名前で呼び出した。
器に涙は要らない
「姉さん」と、景吾が当たり前に私を呼ぶ。その景吾の表情が曇り出したのはいつからだった?
「姉さん」
ある日、部屋のソファに座っていた景吾は小さくそう呟き、苦虫を噛み潰したような顔をした。誰かに何を言われた訳でもないのに。
「名前」
驚いていない、と言えば嘘になる。
振り返った私を見つめる景吾の瞳が余りに真っ直ぐだったから、私は言葉を詰まらせた。
「どうしたの?急に」と笑って誤魔化す事が出来なかった。
「なに?」
私は、景吾のその行為を緩やかに受け入れてしまったのだ。
その日から景吾は変わっていった。
まず、事あるごとに私に贈り物をするようになって、たった2ヶ月で私の身の回りのものは景吾の贈り物だけで固まってしまった。
「名前に似合うと思って」
と、皺一つ無い綺麗な布に包まれた高いネックレスやイヤリングをいくつも渡して来る景吾。
「ありがとう」
結局私は、この行為も笑って受け入れてしまう。景吾には何も聞かずに。プレゼントを受け取る自分の腕には、3日前に景吾から送られたブレスレットが鈍く光っていた。
そして、景吾が傍に居る時間が急に増えた。学校が終わって景吾が帰って来た後から、寝る間も。
忙しい両親に代わって昔は一緒に寝たものね、そう言った私に景吾は苦笑して、静かに瞼を閉じる。景吾の長い睫毛にライトの光がかかり、黒い涙のように頬に伝っていた。
「名前」
名前を呼ばれたあの日から、きっと景吾は私を姉として見ていない。ただの女として見ている。その事実が怖かった。
「名前」
貴方と私は結ばれないの。だから他の女性を愛しなさい。
そう言えないのは、景吾を壊したくないからなのか。
それとも 私 も景吾を
深夜1時過ぎ。景吾が私の着ている服を床に散らかす様をぼんやり眺めながら、今回も私は景吾を受け入れるのだろうと他人事のように考えていた。
そして景吾が呼んでいる声を、その時初めて無視した。
END.
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跡部跡部言ってると、下の名前忘れそうになりますよね。