「白石センセ、お疲れ」
「院長」
「ええねん、ここでまで院長なんて。何かむず痒いわ」


病院の院長…忍足クンが横に座る。謙也とよくギャーギャー言い争いながら薬局まで走ってくる姿はあんまり院長には見えへんかもしれんけど、今大量に書類を抱えた姿は正に忙しい院長そのものやった。


「どないしたです、こんな中庭まで」
「白石センセ見えたから俺も休憩しよう思てな。あ、コーヒーでええ?」


そう言って書類をベンチに置くと、忍足クンは白衣のポケットから小銭をまさぐって自販機に駆け寄った。ピ、とボタンの無機質な音が響く。

冷たいコーヒーを手にして戻った忍足くんは、小銭を出す俺の手を押しやり、ブラックコーヒーを「出世払いでええで」と言って俺の膝に置いて笑った。


「これ以上出世ですか?」
「まあ今はなぁ、薬局の事ぜーんぶ白石センセに頼りっぱなしやで」
「はは、ご馳走になります」


一気に飲み下した冷たいコーヒーが喉を伝って、自分のぐるぐるの思考と色濃く交じり合った。苦い。でも、今なら忍足クンに切り出せるかもしれへん。俺の決断を、応援してくれるかもしれへん。

携帯の待ち受け画面で花のように笑う娘が愛おしくて。娘の為なら俺は何だってする。娘が寂しいと泣くなら、今の生活を投げ打ってでも、俺は。


「忍足クン、いや院長」
「せやから、院長は……」
「俺、今月いっぱいで辞めさせてもらいます」


仕事中は俺の実家で留守番をしている娘。まだまだ小さな娘。
目に入れても痛くない、俺の世界でたった一人の守るべき家族。













END.


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テーマ「人外ファンタジー」
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