「おはよう」
「おはようございます。今日も良い天気ですね。ああ、日傘を用意して来ましたよ。名前が日射病になってしまうといけませんから…」
違う。
「おはよう」
「おはようございます。今日も寝坊しなかったですよ。偉いですか?なでなでして下さい」
違う、違う。
「おはよう」
「早速ですが、挨拶代わりにキスしましょうか」
違う違う違う。
「おはよう」
「おはようございます。今日も懲りずに俺を迎えに来たの。そんなに俺の下僕になれて嬉しいんですか?浅ましい雌犬。
ほら、靴紐が解けてしまったから早く結びなさい。全く気が利きませんね、役立たず」
ああ、これよ。私が望んでいた貴方のポジションは、立ち位置は、性格はこれ。
このルートに辿り着くまで、何度リセットしたか貴方は知らないでしょう。分岐を何度も確認して、好みの性格になるまで何度も何度も同じ会毎日を繰り返して遂に手に入れた、私の理想の貴方。思わず顔が綻ぶ。
「随分嬉しそうですね。全く虐げられてこんなに幸せそうな顔をする雌犬の躾は骨が折れそうです。早く靴紐を結びなさいよ」
「うん、ごめんね。今結ぶ」
愛しい彼のテニスシューズに思わず頬擦りしたくなるのを必死に堪えながら靴紐を丁寧に結ぶ。今、私と彼は靴紐を通して繋がっている。影が重なっている。それだけで嬉しさのあまり吐きそうになった。
「終わりましたか」
「終わったよ。ごめんね」
立ち上がって彼の鞄を持つ。と、私の頬に熱い衝撃と振動が加わった。耳の奥がキンキン煩くて、ワンテンポ遅れて頬が鈍く、しかし確実に痛みを帯びる。彼が私の頬を叩いたのだ。
「口の利き方から教えなくてはいけませんか?頭の悪い女は嫌いです」
そうだよ。これ、このルートがずっとずっと欲しかったの。覚えてるよ、571回目の時にも靴紐を結ばされたけれど、その時の貴方は「ありがとう」と笑ってしまった。
だから直ぐにリセットした。
少しの優しさも要らない。私が彼に望むのはひたすらの侮辱と辱しめと支配だけ。恋人でなくていい。只のペットで、ううんペットなんて肩書きもいらない。私は貴方の道具でいい。
「大変申し訳ございません」
嬉しくて涙が溢れる。口元が緩むのを抑えきれない。泣き笑いしながら謝る私を、彼は溜め息混じりで見下ろしていた。
教室に入ってしまえば放置される。一切話し掛けて来ない彼。私も話し掛けたり媚を売ったりはしない。そういえば、770回目の時にもここまで進んだのだけれど、彼は私が話し掛けに来ないと言って拗ねてしまった。
そんな甘えの属性は私に必要ない。だからここでもリセットした。どこを間違えたんだろう。普段からメールしていたから依存の属性が芽生えてしまっていたのかもしれない。
だから実際、出会ってからのメールを最小限にしていたら、彼は今の所私が思い描く理想の男性になっている。お願いだから、このまま私の王子様になって欲しい。
「名前」
はっとなって顔を上げれば、彼が机の目の前にいた。なんで、ここまで一回も話し掛けてこなかったのに。新しいルートなのかな、それとも
「お昼は、一緒に食べましょうか」
違う、違うよ。これじゃなくて、折角ここまで完璧だったのに。どうして学校に来たらデレ属性が出たのよ。
「名前?」
違う、貴方は私の永四郎じゃない。私の永四郎は冷たくて孤高で私にも冷徹で、でも私を支配してくれて必要としてくれていて、だからこんなに優しい永四郎は私の永四郎じゃない。違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
「どうしましたか?」
そうして、私は1106回目のリセットボタンを押した。
ゲームリセット
また1からやり直し。
END.
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正直に言えば永四郎にビンタされたかっただけです。