【どっか連れてってよ】


日曜日の昼前に目を覚ますと、それだけ書かれたメールが来ていた。差出人は私の幼馴染み。
と、廊下から母の声が聞こえる。


「名前いい加減起きなさい!精市くんが来てるわよ!」


母よ。それは遊びに来ているのではなく押し掛けて来たんだよ。聞こえない振りをしていると、再びメール受信。


【名前の期末テストの点数、おばさんにバラしてもいい?】


さあ起きよう!なんて清々しい朝なんだ。






















ウチの母は、昔っから傍若無人な私の幼馴染みに何故かメロメロで、今も茶菓子や私には絶対に煎れてくれない高級なお茶が振る舞われている。あ、あれ叔父さんが御中元でくれた金粉入りのやつだ。


「精市くんごめんなさいねぇ、名前ったらまだ起きてないみたいで…」
「お構い無くおばさん。あ、やっと起きて来たみたいです」
「名前!こんな時間まで寝てアンタはもー!折角精市くんが来てくれてるのに!」


全力疾走してきたリビングでは、母の叱責と精市のニヤニヤが治まらなかった。…そもそも、何で精市がここに居るんだろう。茶菓子に手を出そうとすると「これは精市くんの」と母に手を叩かれた。ひでぇ。


「で、何の用?」
「メール送ったじゃないか」
「メールって…どっか連れてけってやつ?」
「うん」
「一人で好きなとこ行けば」
「名前!精市くんになんて事言うのアンタは!」
「ちょっ、お母さんはややこしくなるから黙ってて」
「ああ…折角幼馴染みに遥々会いに来たけれども、嫌なら仕方ないな…昔はよく一緒に遊んだのに…」


そっとハンカチで目元を押さえる精市と、横から口出しする母。おい精市。お前が今泣き真似しながらムシャムシャ食べてるカントリーマアムは私が買ったもんだぞ。

とにかく事を穏便に済ませたかったので、渋々精市とどこかに出掛ける事にした。精市と母が「イェーイ」とハイタッチしているのを一瞥してシャワーを浴びに移動する。まさかアイツらグルか?


「で、どこ行きたいの」
「どっか」
「彼女かお前は」
「あ、じゃあ公園」
「はぁ?この季節に?」
「レッツゴー」
「…」


私の意見ガン無視かよ。


「わー寒い!」
「当たり前じゃん」
「昔よく二人でブランコ乗ったね」
「そうだっけ」
「覚えてない?二人でどっちが遠くまで飛べるか競争してたじゃない」
「あー…」


ジャンプした拍子に足首を捻って泣く精市と、それを担いで精市の家まで運んだ私。
痛いから泣いているのかと思いきや「これじゃテニスが出来ない」って言いながらぼろぼろ泣いている精市を見て驚いた記憶。もう何年前だろう。


「じゃあこのジャングルジムは?」
「…テニススクール遅れる事件?」
「あはは、何その名前」


ジャングルの頂上まで登った精市が降りられなくなって「テニススクールに遅れちゃう」と泣くもんだから、仕方なしに私が精市をお姫様だっこして頂上から飛び降り、両足を捻挫した事件。これは痛かったから覚えている。母にめっちゃ叱られたし。


「懐かしいなぁ」
「あの当時からテニスばっかりだね、精市は」
「そうだね」


そう言いながら精市は酷く悲しそうな顔をした。本当に、見間違いかと思う程一瞬だけ、綺麗な形をした眉をひそめた。…と思いきや、笑ってこちらを振り返る。


「ね、次は別のところに行こう」
「いいけど…どこに行くの」
「どっか」
「はあ…だから…」
「どこでもいい。二人で逃げよう」


さっきまで笑っていた精市は、泣いていた。


「逃げるって、どこへ」
「わかんない。わかんないけど、俺達を知っている人が居ない場所」
「どうして?」
「怖いから」
「何から逃げるの?」
「現実」
「精市…アンタ、」
「自分でも理解出来ないんだけど、時々この現実が物凄く怖くなるんだ。テニスも学業も何もかもが凶器に見える」


「名前は無いの?怖い事」と俯きながら肩を震わせる精市が声を絞り出す。怖い事?あったよ。私はそれが怖くて怖くてしょうがなかった。


「精市の手術の時が一番怖かった」


私はアンタの心境も何も分かってやれない駄目な幼馴染みだよ。だって優しい言葉も何も精市にかけてあげられない。悩んでいるなんて事も知らなかったんだから。ただ単純にテニスを愛する少年の記憶を信じて今まで生きてきた。


「弱音吐きたい時は吐けばいいじゃん。どうして我慢するの?」
「名前は強いね」
「強くないよ。弱いから必死に自己防衛してるだけだよ」
「…ごめんね、変な事言って」
「別に」
「どこ行こうか」
「逃げる?」
「え?」
「さっき言ってたでしょ。二人しか居ない場所」


私は昔から不器用だからね。今は精市の言葉に従うくらいしか、精市を慰める術を知らない。今の精市は大きくて、私が抱き上げられる重量をとっくにオーバーしてしまったから。もう、精市を抱き上げたままジャングルジムの頂上からは飛べない。


「…海が、見たいな」
「上等」


だから、一緒に並んでどこかへ飛び出すことにした。










END.

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洋画もビックリする程の超展開。デートしてた彼女が突然トランスフォーマーするくらいの展開。
そしてブツ切り感。あれ、こんな筈じゃ…


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