「っざけんな馬鹿!」


行き場の無い怒りが右手にあった携帯を投げ飛ばして、壁に叩きつけられた私の携帯は無念とばかりにその通話を絶った。

肩で息をしながら携帯を拾い上げると、液晶画面に大きく入った亀裂と、まだ事切れていなかった携帯に映る待ち受け画面。私の横に居る「あの男」のプリクラで撮った待ち受け画面。液晶が漏れるスピードよりも早く私の涙が溢れ出した。

大好きだったんだ、大好きだったんだよ。クリスマスに会えなくても仕事で帰りが遅くても我慢した。でも、他に女を作るだなんて最低じゃないか。アンタも相手の女も不幸になってしまえ。私はそんな事を考えながらわんわん泣いた。泣きながら友達に電話すると、友達は3コール程で『もしもし』と出てくれた。それが嬉しくてまた泣いた。




「ちょっとは落ち着いたかの」
「…うん」
「これ飲みんしゃい」


それから数分経ってから現れた友達は、態々買ってきてくれたのであろうホットココアの缶を私に押し付けた。昔っからそうだ、この友達が私を慰める時に使うアイテムといえば、必ずホットココア。夏でもどこで売っているのか不明だが、絶対にホットココア。そして自分には必ず缶チューハイ。


「で、遂に別れたんか」
「…捨てられたんだよ」
「あーもー、もっとポジティブに考えれんのか」
「だって現に捨てられたんじゃん!アイツ何て言って電話切ったと思う!?」
「俺に八つ当たりせんでも…」


『他の男と幸せになりなよ』なんて私には不要な言葉だった。私はアイツの『愛している』とか『好きだよ』っていう言葉をずっとずっと一人で待っていたのに。また涙で友達の銀髪がぐにゃりと歪む。


「ほれティッシュ」
「うん…雅治は失恋とかしないの」


缶チューハイを呷る雅治は、缶をテーブルに置きながら頭をがしがしと掻いてため息を吐いた。あ、桃の香り。


「現在進行形で失恋中」
「えっ」
「でもちょっとチャンスが生まれたんじゃ」
「ええっ!」
「いつもいつも酒で景気つけて告白しようと思っとったんじゃが、勇気が出なくての」
「えええ!?…は?」
「他の男と上手くいってないなんて相談、よう受けんよ。お前さんじゃから真剣に訊いとった」
「ちょ、雅治…」
「お前さん鈍すぎるんじゃ」


私の右頬に感じるふかふかの髪と雅治の声に、私は意識を全部持っていかれそうになった。雅治とは昔からの友達で、色々ヤンチャもしたけどこういう雰囲気になった事なんて一度もなかった。しかし、彼の話ではそういう雰囲気をブチ壊していたのは私の仕業だったようだ。


「ご、ごめん」
「それ」
「え?」
「その指輪」


アイツに貰った最初で最後のプレゼント、安い指輪。こんなチープな値段の指輪を足枷に、私は飼い慣らされていたのか。


「捨てんしゃい」
「い、今?」
「今捨てんで何時捨てるんじゃ」


雅治は私の右手から指輪を引き抜くと、そのままゴミ箱に投げ入れた。


「ストライクー」
「ちょっと…そこ燃えるゴミ…」
「いいから俺を見んしゃい」
「おま、言ってる事めちゃくちゃ」
「いいから」


雅治が私の手を握って、目を合わせてくる。雅治の喉仏が大袈裟に動いて、唾を飲み込む音が響いた。桃の香りがやけに私の鼻をくすぐる。



「俺は名前が好きじゃ、俺と付き合ってくれ」



液晶が割れた携帯に、もう私とアイツの待ち受け画面は映らないんだろう。あのゴミ箱から指輪が拾い上げられる事も、アイツが私の元に戻ってくることもない。そう考えても、私は今目の前にいる雅治しか見えていなかった。ああ、雅治ってこんなにカッコいい顔だったっけ。











検索:桃の香り 惚れる効果







END.

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パソコンの変換機能のせいで
「壁|д゚)に叩きつけられた〜」って文章になってて一人で笑った。一人で……一人、で…




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