「はあ?」
「じゃから、俺の事覚えとるか?」
「私、転校して来たばっかりなんですけど。あなたなんか知りません」


職員室で挨拶を済ませた無人の廊下…いや、無人だと思っていたのに、背後から突然この男に腕を掴まれて、教室に引っ張られた。銀色の髪、整った顔。こいつはきっとモテるんだろう。ムカついたので私は目線を足元へやる。
先程から知らないと訴え続ける私を無視するように、男は私にしつこく自分を覚えているかと繰り返していた。


「お前さん、名前じゃろ?」
「…そうですけど、なんで」
「俺はお前さんを忘れた事なんてなかったぜよ」


こいつの方言、私の住んでいた地元の方言とそっくりだ。少しだけ顔を上げる。こいつの口元にあるホクロ、…どこかで見覚えがある。


「覚えとるじゃろ?俺じゃ。雅治」
「雅、治」


脳裏に浮かぶ男の子の顔と、目の前の男の顔が合致した。ああ、思い出した。小学校のクラスメイトだ。しかも私はこの男を昔、


「よくお前さんに虐められて泣いたのー俺」
「…」
「子供は無垢で残酷じゃから」


そうだ。私はこの男を昔虐めて虐め抜いた。雅治の泣く顔が面白くて、嫌がる雅治を取り巻きと追い掛け回した。考えてみれば、なんて子供だったんだろう、私は。
雅治になんと言っていいのか分からなくて、目線を逸らしたままでいると、雅治は不意に私の腕を掴んだまま笑った。


「別に謝って欲しいわけじゃなくての。今なら分かるぜよ」
「…分かるって?」
「お前さん、俺の事を好いとったんじゃろ?だから構ってたんじゃろ?」
「それは…」
「俺も、今ならその気持ちが分かる。お前さんが他の奴と仲良くなると考えると、どうも苛々するんじゃ」


笑ったままの雅治が怖い。微動だにしない彼の手を振り解こうとしても、やはり力では当然勝てなかった。なんで、職員室で担任の先生とお話をしていた時には、こんな事になるなんて考えていなかったのに。


「離して」
「俺もお前さんが好きじゃった。どんだけ殴られても蹴られても、真冬に水ぶっかけられて服を剥がれても」
「…離してよ」
「ここに越してきてからもお前さんが好きで好きで仕方なかった。じゃから、今度は俺がお前さんを構う番じゃ」
「…離して!離してってば!」
「明日学校に来ても、お前さんの居場所は無い」
「雅治、嫌だ、離して!」
「好いとうよ、名前」


パニックになった私は、逃げようと雅治を押しのける。そして、雅治の影で隠れていた黒板を見て悲鳴を上げそうになった。大きく書かれた『転校生は男食い』『売女』『ヤリマン』の根も葉もない文字。雅治はけらけらと笑いながらチョークの粉がついた指先で私の頬を優しく撫でる。鳥肌が総立ちする感覚の中、担任の先生の声が頭の中でゆっくりと響いた。



『名前さんのクラスは3年B組だよ』



吐き気と涙が止まらない。









逆転坂道真っ逆さま
私が、壊した。




END.

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ピュア真っ黒仁王促進委員会。


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