逃げ出したい。この学校が吹き飛んでしまえば私は逃げても悪くないし、全て終わってくれるのに。

「代役に立候補しても、まさか主役の子が怪我する訳も無いし、サボれるな」なんて考えた私が馬鹿だった。馬鹿だったって認めるから今すぐあの子の足の怪我を治してあげて神様。


「名前さん」
「ひぃ!」
「どないしたん、クラスの子が必死になって探してたで」


あ、この人知ってる。男子テニス部の部長の人だ。えっと確か…


「しろいし君」
「惜しい、"シライシ"や」


間違った。やっぱり駄目だ、今日の私に代役なんて勤まる筈が無い。それにしても、何故彼がここに居るんだろう。隠れるようにうずくまっていた教壇の中から、ちょっと顔を出してみる。


「劇、主役なんやろ?」
「行きたくない」
「何でや?」
「…」


私は顔を引っ込めた。セリフの一番初めの文字が次々と頭に浮かんでは消えていって、手に汗が滲む。怖い、舞台が怖い。一緒に演技するクラスメイトでさえ怖い。もしセリフが全部すっ飛んだら?もしドレスの裾を踏んで転んだら?うまくライトが当たらなかったら?
折角友達がやってくれたアイメイクは、私の涙で散々に滲んでいるに違いない。



「ああ、ジュリエット」


すっと教壇の中に伸びてきた大きな左手。
腕を引かれて驚いて立ち上がると、私は白石くんと正面から向き合うことになった。


「私の美しいジュリエット、どうして君はジュリエットなんだい?」


白石くんの真剣な表情に、私は息を飲んだ。こんな緊迫した場面、舞台上でロミオ役のクラスメイトでも出来ないだろう。


「…名前がどうしたというの?
私達がバラと呼んでいる花は、他のどんな名前で呼んでも、同じようにいい香りがするというのに」


緊張してカラカラに乾いた喉から出たのは、ロミオの次に私が言うセリフだった。背中に太陽の光を浴びる白石くんの髪の毛がキラキラと輝いて、舞台で照明係が作り出す一面の星空のように見える。
私のセリフを聞くと、白石くんは形のいい唇を半月にして優しく笑った。


「完璧やん。それでこそジュリエットやで」
「え、いや…」
「その衣装もよう似合っとるわ。ロミオには勿体無いな」
「…でも、私本番に弱くて」
「大丈夫。名前さんは代役になるって決まってから、一生懸命練習しとったやろ?」


どうして違うクラスの白石くんが知っているんだろう。でもその言葉が嬉しくて、また泣きたくなった。


「クラスが別という壁は、愛という羽で乗り越えて参りました…ってな。ほら、もう行き。クラスの演劇担当の子、卒倒しそうやったで」


悪戯っぽく笑った白石くんが、私のおでこを軽く突っついた。顔が近くて恥ずかしいから、目線を逸らして小さく頷く。


「劇が上手くいったら、ロミオやなくて俺と付き合うてや」
「…えっ」
「ほな、後でな」








左手に毒を隠した私のロミオ




END.

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