一度だけユウジを怒らせた事がある。中学生の時だ。
思春期特有の「私なんか生まれてこなければ良かったんだ」っていう嫌ーな時期で、それをユウジに言ったらいきなり怒鳴られたっけ。放課後の部室で怒号を上げるユウジの目は、今にも泣き出しそうに歪んでいて…
「そないな事言うな。俺が悲しくなる」
ひとしきり「お前はアホだ」と喚かれて、ぽかんとしていた私を抱き締めたユウジの声は、いや…声もユウジ自身も震えていたんだよね。
好きだ、とか愛してる、とか愛の言葉なんて何も無かったけど、一緒に手を繋いで帰ったり休日に出掛けたり…馬鹿みたいに大声で笑うユウジが大好きだったよ。
高校に入っても大学に入ってもそれは一緒で、私の傍にはいつもユウジが居てくれた。喧嘩らしい喧嘩は無かったように思える。それだけユウジの隣が心地よかったから。
「何ボーッとしとんねん」
「え、ううん」
「なんや他の男の事考えてたんちゃうんか、浮気か」
そう、心地よかったからこそ。私は今の状況が理解出来ない。私の左手の薬指に光る指輪が、ユウジの笑顔のようにきらきら輝いていた。
「今まで流してきてしもたからな、けじめや」
「えっと、それよりさっきの…」
「聞いてへんかったのか」
「いや、びっくりして…」
「あと1回しか言わへんで」
私は中学生の時、ユウジを怒らせた。それから一度も怒らない優しいユウジ、私の大好きなユウジ。ずっと傍に居たユウジが、さっき私の指に指輪をはめて、そしてそっと囁いた優しい言葉。
「名前、愛してる。俺と結婚してくれ」
それはそれは素敵な
私も愛してる。
END.
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