「ねえ蔵」
「ん?」
「別れよ」

















ここ数時間で分かった事がある。

彼女が寂しい想いをしていた事
俺が彼女を不安にさせていた事
彼女はまだ俺が好きだという事
俺も彼女を好きなんだという事


淡々と話し終えた彼女は「これ以上泣きたくない」と通学鞄を持って俺の部屋を出ようとした。俺は彼女と話し合いがしたくて、彼女の腕を掴んだ。

でも、「何回も私はそう言った」と振り払われた。ああ、そうだったかもしれない。記憶を辿ると、不安そうに俺を見上げる彼女が浮かび上がる。その不安そうな瞳と目が合って、眩暈がした。


「待って」


情けない声で彼女の後を追う。玄関でローファーを履く彼女の背中に格好悪くしがみついた。


「待って、行かんといて」


声が震える。ああ、俺は彼女に依存しているから。依存し過ぎて、隣に居る事が当たり前になっていて


「俺、名前がおらんと生きて行かれへん」


とうとう俺の目から涙が零れ落ちる。彼女のワイシャツにぼろぼろと落ちる涙が、じわじわと広がっていく。


「お願いやから」


ごめん、ごめんと繰り返して、気付くと彼女も肩を震わせて泣いていた。
俺の腕を弱々しく握って、小さく嗚咽を漏らす彼女。何に謝っているか自分でも分からないのだから、俺は酷く狡い人間だ。


「もう二度と名前を傷付けたりせん。約束する」
「駄目だよ、もう」
「嫌や、別れたくない」
「蔵」
「嫌や」


足の指先がフローリングで冷え切っている。でも俺は彼女の願いを聞き入れなかった。
傷付けて、まだ彼女を困らせている認識はあるのに、手放したくない。
酸素を失ったら生きていけないのと同じで、俺は彼女を失ったら死ぬかもしれない。


「お願いや、もう一回だけ」
私と別れて。」


彼女の口から出る願い事。俺はそれを叶えるつもりは無い。
でも俺の願いも、きっと叶わないんだろう。




END.

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