「名前せんせー!」
お外遊びの時間、千里くんとたんぽぽの花冠を作っていた私のところへ、謙也くんが慌てて走って来た。
「なぁに?謙也くん」
「謙也も作るばい」
作りかけの花冠を掲げた千里くんがのんびりと笑う。謙也くんは「あとで」と言って私の袖を引っ張った。
「せんせー早く早く!」
「え?ど、どうしたの?」
「光が転んだ!」
「えっ!?」
《いじめっ子のち甘えん坊》
謙也くんの後を追って走る。謙也くんはやたらと脚が速くて、大人の私でもヒイヒイ付いて行くのが精一杯だ。な、何でこんなに速いの…!?
白石先生(小豆色)から擦れ違い様に「おっ、なんや名前先生ええ運動量やな!んんーっ、絶頂!!」と言われたのを
精一杯だった事を言い訳に盛大に無視して
光くんの元に向かった。
「光ー!」
「光くん!!」
砂場の少し横に立っていた光くんは、「なんスか」といつも通りに目線を上げた。
スモックが少し土で汚れていて、白い頬とひざ小僧を擦りむいていたが、見た限り大怪我では無いようでホッとする。
「泣かないで偉かったね」
「謙也くんとちゃいますから」
安心したようにニコニコ笑う謙也くんには、光くんの憎まれ口は聞こえていないようだ。何だかんだでこの二人は仲が良い。
「ばい菌が入ったら大変だから、教室に行って消毒しようか」
こくりと頷いた光くんと謙也くんの手を取って、教室に向かう。途中、千里くんが花冠を片手にこちらに走って来ていた。
「光、大丈夫なんね?」
「平気や」
千里くんは光くんを見てにこーっと笑うと、持っていた花冠を光くんの頭に置いてまた満足そうに笑った。
「謙也、さっきあとでって言ったから一緒に遊ぶたい」
「ええよ!かけっこな!」
バタバタと走り去った元気な二人の背中を見…
あれ、千里くんの履いてるのって下駄よね。今まで気付かなかったけど。
訂正しよう。バタバタ・ガランゴロン走り去った二人の背中を見ながら光くんと私は教室に入った。
扉を閉めると、生徒達の騒ぐ声が静かな教室に小さく響く。
「よし、光く…」
しゃがんで覗き込んだ光くんの目からは、なんと…大粒の涙がいくつも溢れていた。
ひ、光くんが泣いた!?
「ひ、ひか…光くん…?」
ビックリし過ぎて声が上擦る私。光くんはまた涙を零しながら「うぅー」と小さく声を上げ、しゃがんでいた私に抱き着いて来た。
…そっか。当たり前だが、大人びていても彼はまだ子供だ。きっと痛いのをお友達に悟られるのが恥ずかしかったんだね。
「痛かったね。でも大丈夫だよ。先生が痛いの消えちゃうおまじないしてあげるから」
「…ぅー」
消毒して絆創膏を貼る間、光くんは真っ赤になった目を何とか誤魔化したいらしく…何やら擦ったり目を見開いたり試行錯誤していた。
「せんせ、光の目ぇ変?」
「ううん、全然変じゃないよ」
「…痛かったって謙也くんに言わんといてな?」
「分かった。誰にも言わない。」
「ほんま?指切りできる?」
「いいよ」
この日は、光くんの秘密がちょっとだけ分かりました。皆には内緒だけど。
つづく
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「光ー!大丈夫やったか!?」
「謙也くん声デカいわ」
「…あ!光目ぇ赤い!泣いたやろ!」
「…」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ光がぶったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」