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 誰かと誰かが恋人同士であることを想像するのが好きじゃない。それが自分であってもそうだ。想像されたくない。平たく言うと、付き合ってることを黙っていたい。王子はパチパチとまばたきをした。

「そんなことでいいのかい?」
「そんなこと……?」
「きみと恋人になれるのなら、どんなことでも我慢するつもりだよ」
「大げさだね」
「ぼくがどれだけきみのこと好きか、知らないとは言わせないけど」

 にっこり笑われてしまうと何も言えなくなってしまう。自分で言うのも何だけど、王子は、わたしのことがものすごく好きだ。最初に告白されたときは「隣のクラスの人」くらいの印象だったけど、あの手この手でアピールされ、いかにわたしのことが好きかをたくさん伝えられているうちに、コロリと好きになってしまった。

「でもほら……条件付きみたいで嫌じゃない?」
「なまえちゃんから言ってるのに。付き合う上で約束事くらい、あって普通だよ」
「そうなの? 人とお付き合いしたことないからわかんない」
「え、ぼく、はじめての彼氏?」

 食いつくのそこかい。頷くとやっぱり王子は笑って、目に見えて機嫌が良くなった。結局わたしのお願いは何事もなく通り、「付き合ってることは、自分たちからは言わない」ということになった。勝手に察されてバレる分は、もう仕方ない。


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「自分王子と付き合っとんの?」

 まずわたしの頭に浮かんだのは目の前のクラスメイトがボーダーに所属しているかどうかということだった。休みがちで早退しがちな数人の中に、この人は入っている。水上くんだ。その表情は、読めない。

「えーと……うん」
「ああ、言いふらしたりせんよ。ただ気になってん」
「助かります」

 それから水上くんは、へえーとかほーんとか言いながら自分の中で完結したらしく、会話は終わった。
 いくら彼がボーダーの人だからって、そのボーダーに所属している王子に「バレてるじゃん!」と責めたりするつもりはないけど、結構バレるもんなんだなあ。小声で言ってくれたおかげで、わたしたちの会話を聞いた人は多分いない。
 王子にはたくさん知り合いがいるんだなあ。

 帰りのホームルームのすぐ前くらいに、一緒に帰ろうと連絡がきていた。わかったと返事をして、靴を履き替えて裏門へ急ぐ。だいぶ向こうの建物の角に、すでに王子は来ていた。

「待った?」
「ぜんぜん。帰ろう」

 近くに学生服の人がいるから、手は繋がない。一緒には帰る。変かなあ。変だよね。でも、誰もいないところでは手を繋いだりしている。そりゃバレるよなあ。さっきの、言ったほうがいいのかな。

「あのさ」
「うん?」
「わたしたちが付き合ってるの、ばれてたんだけど……」
「……もしかして、みずかみんぐ?」

 なに? 心からの感情が顔に出ていたのか、王子はわたしの顔を見て吹き出した。

「ふふ……、きみのクラスメイトの水上にばれてた? って聞いたつもりだった」
「何て言った?」
「みずかみんぐ」

 わたしにはそうしないけど、王子は人に変なあだ名をつけて呼んでいる。全然慣れてなくて分からなかった。

「なんでわかったの?」
「彼くらいしかいないかなって。ごめんね」
「?」
「黙っていたいって言ってたのに」

 眉を下げられると、なんだか王子だけが悪いみたいだ。ていうか、やっぱりこうして一緒に帰ったりしてるんだから、そりゃそうだとしか言いようがない。

「謝らなくていいよ……。だって、王子が言ったんじゃないでしょ」
「うん」
「水上くん、誰かに言ったりしないって言ってたし」
「ねえなまえちゃん、手繋ぎたい」

 話が急に変わりすぎる。手を差し出したら、嬉しそうに握られた。でも、すぐに離れる。

「え、なに?」
「ううん。また誰かに知られてたら言ってほしいな」
「それは……言うけど、謝らなくていいからね……。一緒に帰ったりしてる時点でバレないのなんか無理だよ。わたしが黙ってたいって言っといて、こう言うのもおかしいけど……」
「いいんだよ。ぼく、なまえちゃんと一緒に過ごせたら、なんでもいいんだ」

 熱烈な言葉に驚きはしなかった。そういう人だと分かっていたし、王子はわたしのことが好きだからだ。わたしも好きだ。こんなしょうもないわがままを聞いてくれて、やさしい。
 誰かが恋をしているのを想像したくない。されたくない。王子のこんなすがたはわたしだけが知っていればいいし、わたしのことは、王子だけが知っていればいいのだ。



210923