いつも隠れているはずのなまえの額がさらされていて、真希はおもわず目をすがめた。金色のヘアピンで無造作に留められただけの前髪の毛先が、しっかりと跳ねている。
「寝癖か?」
「うん、なおらなくて、途中でめんどくさくなっちゃった。あと、いつの間にか結構伸びてた」
「切ってやろうか」
「え、いいの?」
「私でいいなら。前髪は自分のも切ってるしな」
「真希ちゃんがいい!」
立ち上がりギュッと抱きついてきたなまえの頭を撫でる。ましろい額にキスを落としてやると、かわいい笑顔が真希を見てくれた。
真希の部屋、勝手知ったるようすでなまえはローテーブルの前に腰をおろし、鏡を見ながらヘアピンを外す。目は完全に隠れてしまっていて、きちんと揃えられたときを知っていると、たしかに伸びたなと感じる。
「思ったより伸びてるな」
「そうなの」
「ここまでだと美容室行ったほうがいいんじゃねえ?」
「真希ちゃんがいい」
「わかったわかった」
「でも、切らないで流したほうがかわいいかなあ」
それこそ美容室に、とは言わなかった。自分がいいとなまえが言うのだから、やろうという気になっている。指で前髪を流して目を見せるなまえはかわいいが、正直真希からすれば、なまえはなにをしていても、どんな髪型でも、かわいい。分け目はどっちがいいだろう、と鏡をにらむ。
「ぱっつんだと、私と同じだな」
前髪に同じも何もないが、真希はなまえがどういう言葉をかけたら喜んでくれるかを知っていた。
「おそろいがいい!」
そうやって心の底から言ってもらえることが、真希にとってどれだけ救われることなのか、きっとなまえは知らない。
なまえが抱えたゴミ箱に、細かく細かく切った前髪が落ちていく。切りすぎないように、ていねいに。切れ端がましろい頬に貼り付く。静かな部屋で鋏の音だけが二人を支配していた。
「こんなもんか」
「できた?」
「鏡見てみろ」
視界が晴れ、パチパチと瞬きをしても髪は睫毛を引っかけたりはしなかった。真希は鋏を片付け、ゴミ箱に入らなかった髪を粘着テープで取った。
「次は店行けよ。私も次の休みに行くかな」
「真希ちゃん」
「ん?」
「かわいい?」
床から顔を上げる。むっとした顔を見なくても、なにを言ってほしいのか真希は分かっている。
「かわいいよ」
ピンクのくちびるに自分のを押し当てる。なまえはふふふと笑って真希を抱きしめた。
210220