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 勝ったとはいえ負傷がないわけではない。強いとはいえ死なないわけではない。だって宿儺は人間なのだから。なまえはそれをきちんと理解していながら、大粒の涙を流した。

「いや!」
「そうは言っても変わらん」
「ずっと一緒にいるって約束したもん! 嘘だったの?」
「俺が嘘をつくように見えるのか?」
「見えないけど、だって、だって……」

 宿儺のいない世界で一体どうやって生きてゆけばよいのだろう。なまえには分からない。
 さめざめと泣くようすに、宿儺はため息をついた。すべてがどうでもいいはずなのに、なまえのことだけが、ずっとどうにもならないし、できない。びいびいと泣く子どもみたいな女。そしてそれを不快に思っていない自分、ていねいに扱っているという事実、愛しているという現実が、とても複雑に絡み合い、結果ため息となって何度もあらわれている。

「約束は確かにした、俺も覚えてる。しかし死なない人間などいないし、俺の術式は不死ではない。お前の術式もな。分かっているだろう?」
「わたしも一緒に死ぬ!」
「駄目だ」
「宿儺は死ぬのになんでわたしはだめなの? わたしだっていつか死ぬし、それが今か今じゃないかの違いなだけだよ、いやだ、一人にしないで……」
「……お前は本当によく泣く」

 はらはらと落ちる涙をべろりと舐め宿儺はニイと笑ったが、なまえはなにも笑えなかった。逆にばかにされたような気にまでなった。口をへの字にまげて、舐められたところを手でごしごしと拭う。それがおかしくなって、宿儺が笑った。
 小さな体を四本の太い腕で抱き寄せ、髪に頬擦りをした。弱くて、自分に縋るしかない愛しい女。ざり、と髪と髪が絡んだいやな音がなまえの頭のなかに響く。

「いつかまた俺が出てくるときが来る。必ず」
「……いつかって、いつ?」
「さあなあ。十年後か百年後か」
「十年後は分からないけど、百年後は死んでるよ。宿儺の隣にいないなんていやだ。宿儺がいない世界で生きたくない」
「そうだな、俺も出てきた時にお前がそばにいないのは許せん。暴れてしまうかもしれん」

 宿儺の目がぎょろりとうごいて、なまえを見た。もともとそういう模様なのは分かっているが、そんなはずはないのに渦を巻き始めたように見え、なまえはだんだんと気分が悪くなってくる。しかしどうしてか逸らすことはできない。体の至るところから鈍い痛みを感じ始める。宿儺が自分に、何かを……施している?
 なにが起こっているのかわからなかった。わからないことがわかったなまえは、すぐさま宿儺の着物をきつく握る。かたかた震え出したなまえの体を、宿儺は全部の腕で閉じ込めた。

「なに……?」
「“混ぜる”。我慢できるな?」
「……あ、あ、い、痛い、宿儺、痛い……!」
「俺だぞ、痛まないわけがなかろう。薄くしてやった代わりに、長いぞ。耐えろ」
「あ……あ゛、ア……っグ、う、うう゛〜……」
「変わらないようにしてやる。俺はなァ、なまえ、聞こえるか……」

 なまえの笑った顔が好きだ。ずっと、なまえには優しいことだけをやってあげていた。苦痛に歪む顔を見るのは今日が初めてだった。悪くないが、別に良くもなかったのを今更知る。笑ったほうが何倍もいいのに、それはもう見れそうにない。新しい涙がどんどん溜まってゆく。泣き顔も好きだ、でも良くして泣いてくれたほうが心がおどる。
 宿儺、宿儺とか細く自分を呼び、目が虚ろになっていき、でも着物を握る手は離さないのをあますことなくじっと観察する。こめかみから際限なく汗が流れてゆく。すべてのなまえが見納めだと思うと目ははなせなかった。どうせはなさないが。
 濡れた頬を撫で、息を分け与えて、体を撫でて、それでいて混ぜることは止めない。一気に流し込めば痛みは一瞬だが、宿儺とはちがうなまえの小さくて弱い体は、耐えきれずに即死するだろう。これしかないのだ。次に自分が目覚めたときにもまた隣にいてほしい。そのためならなまえが人でなくなってしまってもかまわない。

 うめき声と上がった息がおさまったのは、それから七日後のことだ。なまえの瞳は濡羽色から影のおりた真紅へと変わっていた。







 宿儺はまもなく指を遺して死んだ。
 なまえは平凡に過ごし平凡に死んだ。
 宿儺は戻らなかった。
 なまえは数年後赤子として産まれ、物心がついてから自分が何者なのかを理解し、呪いの成功を知った。それを知ってほしい人がもういなくなっていることも理解した。




201117 来世は共に修羅の鬼となりましょう