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 今から家族を殺しに行くつもりでバスに乗っているのは自分くらいだろうな、と傑はぼんやりかんがえる。ガタガタ。地元は相変わらず道がわるい。人生の半分以上をこの地ですごしたというのに、傑はここですごした日々のことをあまり思い出せないでいた。出てからが濃すぎたのか、ここが薄すぎたのか、もう傑にとってはどうでもよいことだった。
 バスの座席のいちばん前、運転席のすぐ後ろ。傑とおなじお団子あたまの女が、カクンカクンと首を何度も横に落としていた。姉だ、と傑は分かっていた。おなじとは言っても、姉は全ての髪をたばねているが。家の最寄りの駅をアナウンスされ、落ちる頭は目が覚めたらしくあわてて停車ボタンを押した。

「なまえちゃん」
「わあっ! はっ……あ、え、すぐる?」
「久しぶり。元気だった?」
「ひ、久しぶり! ……えっと、三年ぶりくらい?」
「うん、そうだな」
「おかえり!」

 降りてから声をかけるとなまえは飛び上がっておどろき、それからうれしそうに笑って傑に飛びついた。

 なまえは傑の双子の姉だ。双子と言ってもあまり似てはいないし、生まれた順番がちがうだけで同い年だから、姉だと思ったことはあまりない。姉さんとも呼んでいない。仲は良かった。おだやかであまり話すのが得意ではなく、どちらかといえば妹のように思っていた。おなじ高校に行くはずだった弟が突然進路を変えたときは、さすがにどうして、と不安そうにした。でも、「……いつまでも一緒なわけないよね。東京ってすごい! がんばれ!」と応援してくれた、やさしい人間だった。

「どうしたの? 急に……いや実家だから帰ってきていいんだけど、お母さんに連絡した?」
「してない。近くまで来たしたまにはと思って。ほら、正月も帰ってなかったから」
「お父さんとお母さん、喜ぶよ。なにしてるかな、元気かなってずっと心配してた。わたしも」
「……、なまえちゃん、なんか、やつれてないか?」
「分かる? 受験勉強! 今日も朝からずっと予備校行ってて、その帰り」
「予備校」
「傑は、背ぇ伸びたね。同じクラスの人よりでっかく見える。運動部?」
「……部活はやってない。でも鍛えてるよ」
「そっかあ。言葉遣いもなんかていねいになった?」
「……変?」
「変じゃないよ。汚いより全然良い。えらいね」

 目が細まるのを、傑はまぶしく感じた。
 受験勉強、予備校。自分にはまったくと言っていいほど縁のない単語だ。そうか、なまえはもう大学受験なのか。本来なら、というよりは、高専に進路を変えなかったら自分もそうだったのだ。傑はあと一年は高専生だが、それはもう昨日に捨ててしまった。薄れてしまった記憶のなかで、なまえはこんなに元気に話していただろうか。二年とすこし離れただけで、人間はこんなにも変わる。他人も自分も。
 一本曲がれば住宅街。十五年過ごした実家は、当たり前だが変わらない場所にいた。なまえは鞄から鍵を取り出し、開けてから電気のついた家の中に声をかける。

「お父さんお母さーん、傑が帰ってきた!」

 自分が帰ってきたことを喜んでくれる家族がいる。

「えっ、傑!? 帰ったの?」
「ほら! 大きくなったでしょ」
「本当だ〜大きい! おかえり傑! 久しぶり。元気そうで良かった。帰るなら連絡ちょうだいよ、夕飯三人分しか作ってないのに!」
「傑おかえり。オマエでかくなったなあ。俺よりでかいじゃないか」

 傑の真後ろにピタリとくっついている低級呪霊に誰も気がつかない。

 ご飯が足りなくなりそうだからと追加で炊いてくれたのを無下にはできず、傑は我慢して全部食べた。無理したのに、不思議と吐きそうにはならなかった。久しぶりの浴槽に浸かり、髪が長いからとなまえはドライヤーを貸してくれた。布団まで出してくれようとしたが、朝までいるつもりはなかったから、ソファで良いと断った。
 風呂上がりのなまえにアイスをもらった。

「なまえちゃん、前より元気になったね」
「ほんと?」
「話すのが上手くなったっていうか。勉強はどう?」
「うーん、そこそこ……あんまり聞かないで〜」
「フフ、ごめんごめん」
「傑は? あ、四年制か。あと一年」
「うん」

 帰ってきたときに出したものより強いものに入れ替えて背後に置いているが、なまえや父と母が気づいているようすはない。ギチギチと音を立て今にもなまえを襲おうとする呪霊を制する。
 家族は大事だ。仲が悪かったわけではなかった。突然帰っても文句なんかひとつも言われない。食事を出してくれる。久しぶりと口には出されるが、変わらない心地よさがあった。でも彼らには自分のうしろに従えている呪霊は見えていない。父と母となまえが好きだ。家族だ。思い出せなかっただけで、ここで過ごした十五年が消えるわけがなかった。でも、昨日あの村の人間を皆殺しにしたあと、まずはじめに選んだのはここだった。そういうことだ。

「明日、見送りたいから起こして」
「いいのに」
「次いつ来るかわかんないんだから」
「……分かったよ。明日予備校は?」
「ない! 明日はやすみ。見送ったら二度寝予定」
「そんなのでいいのか? 受験って」
「本当はダメ……へへへ」

 ぶれるつもりは毛頭ない。そのために来たのだから。でも鼻の奥はツンとした。

 数時間前まで揚げ物のにおいがしていた平和な家は、夜と一緒にすっかり冷たくなってしまった。傑は顔についた血をぬぐった。三年前まで過ごしていた自分の部屋の、隣のドアを開ける。姉が静かに眠っていた。殺すつもりなのに家族が汚くなるのは見たくない自分は、変なのかもしれない。父と母には失敗してしまったが、姉にはやれるだろうか。傑が今持っている呪霊でいちばんきれいに殺せる方法はどれだろう。たくさん戦ってきたが、きれいに殺すということを考えたことはなかった気がする。毒は父に使い、当然効いたが、血を吐かせてしまった。母は父より体が小さいからもっと大量に吐いてしまってだめだった。ベッドが血で染まるのはもういい。殴殺や刺殺は論外だ。
 まさか両親が死んでいるとは思わないでスヤスヤと眠る姉。殺したのが弟だと知らない姉。明日を迎えることのかなわない、姉。傑はなまえの首を手で掴み、グッと絞める。「う゛っ……」聞いたこともない苦しげな声を出させているのは自分だということをしっかりと脳に焼きつける。起きるな。見るな。熱い想いにはこたえてもらえず、目がひらく。なにが起こっている、どうしてと訴えていた。なにも言うな。見るな、感じるな。呪力で手を強化し必要以上に絞めたら、すぐになまえは動かなくなった。傑の大きな体から力がぬけて、なまえの上に体重をかけたが当然なまえは「重い」と言ったりはしなかった。傑の頭から汗が垂れ、顎を伝いなまえのパジャマにボタボタと落ちていく。なまえの顔や体は両親のようには汚れていなくて傑は安心したが、首にはくっきりとした痕が残っていた。

「ごめん」

 期待していないわけではなかった。三年も家をあければ変化はかならずある。だって、なまえがそうだった。その間でもしかしてと、無償の愛を受けるたびに願うような気持ちでいたが、そんなもしもは叶わなかった。だから、特別なんてない。
 甲斐あって血で汚れたりはしていなかったがなまえは涙をながしていた。つう、と仰向けのせいで耳へとおちてゆく。傑の鼻の奥はもうなんともなっていない。耳にたまった涙をぬぐってやり、まだぬくもりののこった手に触れた。小さな手。父と母にもおなじことをした。
 時間がない。部屋を出て、血でベチャベチャの廊下を通り玄関を後にする。見送らせてやれないことには申し訳ないと思うが、それ以上のものは、今の傑は持っていなかった。新しい、ちいさな家族が自分の帰りを待っている。傑は呪霊に飛びのった。はやくシャワーを浴びたい。未だのこるこのあたたかさを消してしまいたい。傑はうつむいた。



200110
200124修正