「帰るの年明けかあ」
売れ残りの餅があるかどうかを心配している太刀川の隣で、風間は昨日のことを思い出していた。もう、クリスマスケーキの予約をした。風間の希望でアイスケーキにしようということになり、なまえは良いねと言って、二人で選んだ。
つい先ほど通達があった、次回の遠征。クリスマスの少し前に出発だった。
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終わったというメッセージに既読だけをつける。木曜日は風間が五限、なまえが六限まで授業があるから、風間が待って、一緒に帰ることにしていた。長い授業を終えた学生たちがそれぞれ帰る中、図書館の前で待っていた風間の前になまえが現れる。この前のデートで風間が選んで購入したブーツを履いていた。
「おっす! 帰ろ!」
言わなければならないことがあるのに、なかなかそれを口に出せないときの、居心地の悪さはひどいものだ。でも、黙っていて良いことではなかった。
「めちゃくちゃ眠くて一コマほぼ寝てた」
「そうか」
「ねーご飯食べない? 今日ボーダー?」
空腹の風間には魅力的な提案だったが、今はそれが先ではない。
「話がある」
「はい?」
「仕事が入って、クリスマスは一緒にいれなくなった。帰るのは年明けになる。すまない」
コツコツコツと、なまえのヒールの音が響く。わざわざ立ち止まったりはしない。歩いて歩いて、正門をくぐって、それでようやくなまえは口を開いた。
「そっかあ……。分かった」
なまえはイベントや記念日を大事にするタイプだった。風間はそうでもなかったが、心地いいものだとは思っていた。風間はいつもボーダーで忙しいから、早め早めに準備をして、当日が無理そうなら前倒しにする。いつも早めに伝えるから、ドタキャンのようなものは一度だってない。
誰が悪いわけでもなかった。今回だって、クリスマスはひと月先だ。いつも通り早めに言った。強いて言えば悪いのは近界民で、それを言ってどうなることでもない。クリスマスに二人で過ごせない、それはこれまでの経験で、可能性として十分予測できたことだ。
ただ、昨日、ちょうど昨日にケーキの予約をしてしまったことが、なまえにはひどくこたえてしまって、それを風間も理解していた。なまえの声は、誰が聞いても正しく震えていた。
「ごめん。今日一人で帰っていい?」
風間が見上げた瞬間になまえはサッと目元を拭った。何も言えない風間が頷けば、「ごめんね! また明日ね」と大きく手を振って、無理やり作った笑顔で、去っていった。なまえが謝ることはなにもないと言えればよかったが、そんなこと、言えるわけがなかった。
次の朝、風間にメッセージが来ていた。送信時刻は四時だった。
“おはよ〜”
“今日は大学来る?”
“一緒にごはんたべよ!”
ソワソワと動く犬のスタンプが添えられていた。食べる、と返事をしたら、犬は飛び上がってまた現れた。
「あれっ、カレーじゃないの?」
「たまにはな」
「いいねえ。わたしはA定食〜」
ガヤガヤ騒がしい食堂のなかで、なまえの声は小さくないし、元気だ。代わりに化粧はすこしだけ濃い。ミニサラダをさっさと食べて、メインのハンバーグに手をつける前に、なまえは口をひらく。
「蒼也、昨日はごめんなさい。すごく感じ悪かった」
しっかり風間と目を合わせて、なまえは謝罪した。
許すも許さないも自分には無いと思っていたし、それを言うならこちらだと風間は喉の奥が締まる。でも、なまえの気持ちを無碍にもしたくない。どうにか頷くと、なまえの表情は少しだけ明るくなった。
予定が合わなくなってしまったことは、一度や二度ではない。なまえは全部許してくれている。でも、それも永遠ではないだろう。うどんの味はしない。風間はずっと胸が苦しい。
211108