視界は一瞬で個人ブースの天井に変わった。落ちたベッドはやわらかい。そういえば最近はブース内のベッドに背中から落ちたことはなかった。パネルに表示された自分のポイントは、さっきよりも減っていた。
パネルから声がしない。いつもならすぐに話しかけられるのに、と思いながら体を起こすと、バタバタと私のブースになまえが入ってきた。
「藍ちゃん!!」
その声の、なんとうれしそうなことだろう。聞いた瞬間にどうしてか泣きそうになって、あわててグッと我慢する。私のいる個人ブースに飛び込んできたなまえを受け止めた。
「藍ちゃんに勝ったぁ!!」
「……」
「はあ……はあ、アハハ……勝った……」
たしかに負けた。私はなまえにスコーピオンで胸を刺され、供給機関を破損して、負けた。
負けたことについては素直にくやしい。でも今は、私に勝ちたいと言って何度も何度も勝負を挑んできたなまえがようやく勝ったことのほうが、何倍もうれしかった。顔が真っ赤で、ふるえる息が涙をはらんでいるのがよく分かる。トリオン体は痛みを感じないけれど、感覚はちゃんとある。ギュウ、と、強く抱きしめられる。扉がちゃんと閉められていて良かった。
「…………」
「おめでとう。ようやくね。うれしい?」
「うれしい……」
ひ、ひ、と声を上擦らせて泣いているのを見て、思わず胸がいっぱいになる。抱きしめられるぶんだけ私も同じようにかえした。同じ気持ちだということを、わかってほしかった。
「私もうれしい」
「うん……」
「でも次は負けないわ」
「うん! わたしも負けない!!」
ついに掴んだこのひとつがなまえにとってどれほどの価値があるのか、私はなまえじゃないから、そのすべてを理解することはできない。でも、今この瞬間にすぐそばにいられたことを光栄に思うのは、確かだ。
泣き顔を隠さずクシャクシャになって笑うなまえが、まぶしい。体が勝手にふるえてしまう。それを誤魔化すように、頬を流れる涙をぬぐった。目尻に溜まった涙がまばたきでポロリと落ちてゆく。「藍ちゃんだいすき。ありがとう」私も好き。いつもは言えない言葉が今日は素直に出てくれた。
210506