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※78話に夢主がいる
※未成年は飲酒喫煙だめです




「なまえ煙草も」
「ンー」
「喫煙所いるわ」
「ウン」

 当然空腹のはずだったが、なまえはコンビニで陳列されたおにぎりやパンを見てもあまり食べる気にはならなかった。最近はずっとこれだ。しかし食わなきゃ倒れると無理やり詰め込み、すぐに気持ち悪くなり、吐いてしまうのがルーチンと化している。良くないとわかってはいるし、硝子からも「辞めな」と叱られてはいるが、辞められるものではなかった。辞めるためには、まず任務を休みたい。無理だった。
 今日はもう仕事はなく、高専に帰るだけだ。授業もない。徹夜明けなのもあり、早く寝たくて仕方がない。酒と煙草だけ買い、なまえは硝子のいる近くの喫煙所まで急いだ。制服をパンツスーツにカスタムしたのは、未成年だということを隠せるような気がしたからだが、実際それがうまくいっているのかといえば、どうなのだろう。酒を買うときに注意されたことは、今のところは、ない。

「アンタご飯買うんじゃなかったの?」
「食べたくなくなった」
「空きっ腹に酒はまずいよ」
「食べれないんだもん。いただきまーす」
「酔っても介抱しないからね」
「はぁい」

 昼間から飲む酒は本当にうまい。
 どうせ長生きなんかできないし、というバカの動機で飲み始めた酒がやめられないでいる。なまえの死んだ両親も、ことあるごとに酒に頼っていた。その両親は、今の自分のように未成年のうちから飲んでいたのだろうか。両親が生きていたころは、臭いから、早死にするからやめろと“言っていた”側だったことを思いだす。酒で早死にするのと、術師として死ぬの、どちらのほうが早いんだろうと、酒を飲むたびにかんがえてしまう。
 朝の任務でできたすり傷が痛い。深いものは硝子にその場で治してもらったが、軽いものはいつも手当てだけにしてもらっている。酒のせいかじくじくと熱を持ち始める肌に、ああ酔ってるな、とぼんやりかんがえる。じっと煙草をすう硝子のすぐ隣に座り込み、何も考えずに飲んでいたらすぐに一缶なくなってしまった。
 最近、いそがしい。

「酔った」
「言ったのに」
「でもふたつ買っちゃったから飲んでかえりたい。荷物にしたくない……」
「フフ、意味不明」
「なんかいった?」
「なにも。飲むならさっさと飲みな。帰って寝たい」
「置いてかないでよー」
「行かないよ」

 視界がぐにゃりと歪む。二缶めを開けようと爪を立てたがプルタブにうまく引っかからない。ついでに力も入らなかった。めんどくさいとなまえは息を吐く。

「火いるかい?」
「!」
「あ?」
「や。ビールも開けてあげようか」

 ひどくなつかしい声のように感じたが、実際はそうでもない。膝に埋めていた顔をあげると、同級生が自分たちを見て手をふっていた。認識はできたが咄嗟に反応できないのは酔っているせいにしたいとなまえは思う。実際に、酔っているせいなのだが。

「犯罪者じゃん。何か用?」
「運試しってとこかな」
「ふーん? なまえ電話」

 電話。携帯は胸ポケットにある。開かない缶を地面におき、胸に手をつっこんだ。変えたばかりの携帯は電話帳の移行に失敗してしまい、同級生に後輩、担任、高専の番号しか登録されていない。カコカコとボタンを押しながら、五条という文字を探す。
 傑はしゃがんで、地面に置いてあるビールの缶を開けてやった。そこではじめて目が合う。最後に会ったときとなにか、姿か、様子かがちがう。酔っているせいで変わっているように見えるだけなのかもしれない。

「いつもより酔ってる?」
「ンー、ごはん食べてないから」
「酒は飲むんだ」
「フフ、ウン、酒は飲む。開けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「なまえ早く電話しろ」
「はあい」

 見つからない、と言いながら選択がなんどもなんども“五条悟”を通りすぎているのを、硝子と傑はしっかりと見ていた。わざとじゃない。だからまずいと言ったのに、と硝子は思う。いや、そもそもこんなところで会うつもりはなかったか。頼みはしたがはなから期待はしていなかったから、硝子は自分の携帯を取り出した。

「なまえ、一缶でこんなに酔ってたっけ?」
「疲れてんだよ。満足に寝れてないから飯食う気にもならなくて、ずっと任務に追われてさあ、隈見た? ひっどい顔。こんなのが続いてたらいつか死ぬ前に死ぬよ」
「それは大変だ」
「思ってねえくせに」





「……それなりに子供だと思うけど? なまえもういいよ、私が電話するから……あ五条?」

 頭上で硝子と傑がなにか話しているが、内容を理解できない。頭のなかが整理できない。電話もできない自分に嫌気がさしてしまいそうで、なまえはいそいで開けてもらったビールを飲んだ。こういうのは誤魔化すにかぎる。そのための酒だ。今のわたしって両親みたいだな、と思うと気が滅入る。
 硝子との話がおわった傑がまたしゃがみ、なまえと目をあわせた。硝子に言われてからはじめて、こびりついた隈とすり傷と、絆創膏が気になった。せっかくかわいい顔をしているのに、なまえはずっと生傷がたえないなと、入学当初から思っていたことをまた思う。硝子が基本的に怪我をしないから、なおさらだった。

「すぐる、きちんと寝てる? ごはん食べてる?」
「……それはなまえのことだと思うけど」
「わたしは今だけ疲れてる……だけ」
「そう。寝てるし、食べてるよ」
「呪霊も?」
「呪霊も」
「最後は?」
「さっき。そこにね、居たから」

 そう、となまえはすこし黙って、傑に缶を押しつけた。されるがままに口をつけ、前にもおなじようなシチュエーションで飲まされたことを思いだす。小さくひとくち飲んで、苦いことを再確認した。でもきらいじゃない。傑は世界でいちばんまずいものを、日常的に食べて過ごしてきている。それとくらべるとビールなんてかわいいものだった。しかし、年齢的にもタイミング的にも今飲むべきではない。傑はべえと舌を出し、なまえはそれをみてわっはっは、と笑った。

「いなくなる前、すこし痩せてたから心配してたけど、健康そうでよかったよ」
「自分じゃわからないな」
「わたし酒くさい?」
「フフ、うん、くさいよ。ちゃんと酔ってる」
「今傑のことつかまえたらどうなるの?」
「殺すよ」
「ふうん」

 なまえが傑に体術で勝ったことは一度だってなかったし、なまえの術式は傑とくらべると本当にくだらないし、なまえは二級で傑は特級だった。つかまえられるわけがない。傑がやったことは決して許されることではないが、今ここで傑をつかまえる気は、なまえにはすこしもなかった。なまえは傑が大事で大好きだが、それは悟も硝子もであったし、後輩たちや世話になった先輩方にも言えることだ。進む道が間違っているからといって、なまえにそれを阻む権利は、なまえにはない。分かっている。
 傑のことを全部知っているわけじゃあない。まあいろいろあるよねと言い、なまえは缶を真上に向け飲み干す。話題がとっちらかっていることに気づいているのかいないのか、傑にはわからなかった。中身のなくなった缶を傑が受け取ってベコッとつぶし、そのようすになまえは目を向ける。今度は傑がニイと笑みをうかべた。

「なまえ、帰るよ。肩貸す」
「介抱しないんじゃなかったの」
「事情が変わった、逃げるよ。……うーわ酒くっさ」
「硝子は煙草くさ〜い」
「同じくさいでも、私は介抱してもらわなくても歩けるからな」
「そりゃあそうでしょうよ。煙草吸ってても運転はできるしね」
「何言ってんの?」

「硝子、なまえ」

 なまえの細い腕を自分の肩にまわしながら硝子が振りかえり、なまえもそれにならう。人の多い場所なのに、不思議と周囲が静かに感じた。傑が手をふる。
 もう済ませたから、硝子はそのままなまえを引きずって高専へ帰るつもりだったのだが。

「傑、さよなら〜!」

 突然、なまえがまわされてないほうの腕を力いっぱい横にふった。唐突な真横からの大声に硝子は久しぶりに驚いたし、まさかの言葉と音量に傑も目を見開いた。まわりからも目立ち、ザワザワと見られている。でも、もう向こう側にいる傑はもちろんのこと、硝子も、急に騒ぎはじめたなまえのことを咎める気は起きなかった。いつまでも力強く、ブンブンとふられる手。硝子は横にある笑顔を見てふっと笑った。なまえが、自分たちのことを大事に思ってくれているのを、二人はちゃんと知っていた。帰ったら一緒に寝てやろうと思った。

 傑のそれは声にはならず胸の内側に消えていった。小さくなってゆくふたつの背中を見つめる。ため息は出ない。だって決めた。もう決めた。後ろ姿が完全に視界から消えても、傑の瞼のうらにはぼんやりと残っていた。

「説明しろ」

 目を開ける。





201223 あっちとそっちとこっち側