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「なまえちゃん、起きて! ちょっと!」
「……なに? 帰ってたの?」
「うんただいま。起きてよ、おはよう」
「おはよう、わたしはまだ眠い。晩ごはんの余りあるからそれ食べて」
「誰も朝飯のことなんて話してないよ。起きないなら運ぶよ、つかまって」

 朝からこの空気は疲れてしまう、となまえはもう何度目かわからないことを考える。五条のことはすきだが、何事にも時と場合というものはあるということを、彼は知らないのだろうか。しかし、そういうところを気に入っているのもまた事実だった。
 本当に運ばれそうになったのをあわてて拒否し、手を引かれるままについていく。なにが楽しくて家のなかで五条と手をつながなければならないんだろう、とぼんやりする頭で考える。

「ほら見て」
「見てる見てる。なに?」
「見てないじゃん。パンジー咲いてるよ」

 ベランダさみしくない? 花でも育てたら。
 まったく帰らないくせに責任のないことを言ってのけたのは、いつだったか。だれが用意するのか、水やりは、花なんか育てたこと一度もないけど。言いたいことは全部腹のなかに押しこんで、なまえは結局言われたとおりにしてしまった。咲くまでの期間に一度だって五条が帰ってきたことはなかったし、咲いた日に写真を撮っておくったはずなのに、さも今知ったかのような反応で窓のそとを見ている。咲いているなんて、なまえは当然知っている。五条とちがって毎日見ている。まぶしい笑顔には、端正な顔のつくりもあいまって文句をつける気にもならなかった。
 眠気半分、憤り半分。パンジーは毎日太陽光を受けて、土がかわいてしまっている。

「水やりして」
「え、僕が? いいの?」
「じょうろに水ためてゆっくりね」

 おおきな体をまるめて、五条がパンジーに水をかけるようすを部屋のなかからなまえが見つめる。おかしな気持ちになる。けっしてひろくはないベランダで、いちばん強い男が花に水をあたえていた。じょうろの先から、絶え間なく水の粒がおちていく。花びらに当たり、きらきらとかがやく。

「花の水やりなんてはじめて」

 よく見る黄緑のじょうろやホースで庭の花壇に水をやっている五条を考えてみて、やっぱりおかしな気持ちになった。ありえない。

「はじめての水やりはどうですか?」
「結構たのしい」

 よかったねとなまえがしゃがんで目を合わせると、きらきらした瞳がなまえをうつして微笑んだ。




201115 netaから修正して移動(#今日の二人はなにしてる)