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方言がかなり変です


 だれかの足音が外から聞こえて、なまえは思わず飛び上がった。なまえの住むこの家はだいぶ奥まったところにあり、ほとんど誰も来ないはずなのだ。不審者だろうか。ここの家主が誰だか分かってやってるのだろうか。なまえは音を立てないようにソファから降りた。裏口の扉に立てかけていた箒を持って玄関に向かうと、施錠した引き戸がガシャンガシャンと言い出して泣きそうになる。こんなに分かりやすい泥棒がいるものか。すぐには開けられないと慌てて隣の部屋に行き、そっと玄関の前を覗いたら、そこにいたのはその“家主”だった。「サカズキさん!?」鍵を持ってないのかという疑問はなかった。いつぶりの帰宅だろうと記憶を探るが、もう思い出せもしなかったので、サカズキが鍵を持たずに出かけていてもおかしくはない。それに、家主が鍵を持たずに出勤しいつ帰ってこようとも、なまえはこの家にいつでもいるのだ。掴んだ箒もそのままに鍵を開けると、家主でありなまえの夫のサカズキが立っていた。「帰った」「おかえり……。ごめんなさい、不審者かと思って様子見てた」開けるのが遅いと咎められる前に言い訳をしたが、サカズキは怒っていなかった。「変わったことはありゃあせんか」「うん、ない……。いつもどおり」「ならええ……その箒は」「掃除用だけど、今不審者撃退用にした」「もっとマシなもん用意しちょけ」「はーい……」マシなもんとは何だろう。なまえが考えていると、サカズキは「早よ来い」と突っ立っていた彼女を促した。「うん、あ、ご飯は?」「食ってきた」「じゃあ先にお風呂溜めてくる。さっき栓抜いちゃった」「良い、来い」でも……、と言いそうになるが手招きまでされたら従うほかなく、差し出された無骨な手をそっとにぎって、サカズキについてリビングに行く。若干散らかしていたのを見てから思い出し汗をかいたが、やっぱりサカズキは怒らない。いつもなら「片付けんか!」と言われるはずなのに、とふしぎにな気持ちなりながら、ソファに腰を下ろしたサカズキの隣になまえも座った。その横顔は疲れている。あついお茶でもと提案しようとして、やめた。ぜったいに口にしないから聞かないようにもしている仕事が、たいへんなのだろう。いそがしくない時期がないし、だから家にもめったに帰ってこない。良いと言われたから、よいのだ。大きな腕に自分のものをからめ、なまえは寄り添う。頬をぴたりとくっつけても、サカズキは何も言わなかった。「明日は帰ってくる?」「しばらくは毎日帰る」「本当!?」「わしが嘘ついたことがあったか」「わすれた」「……」「サカズキさんの布団、洗って干しとくね! 明日晴れだから。わたしも寝るし」「好きにせえ」張りのない声を自分だけが聞けることが、なまえはいつもうれしい。「うん、好きにする。明日の晩ごはんも好きにしていい? 買い物行かなきゃ」「あとで冷蔵庫見るけえの」「えっ、ダメダメダメ何も入ってないから」「……」「あっ……。……痛い痛い痛い!」きつめに頬をつねられ涙目になるなまえを見て、サカズキはため息をついた。料理ができないわけではないのに、なまえはあまり食べない。放っておいたら菓子ばかりで冷蔵庫の中がいつも空っぽだったのは結婚する前までだった、はずだった。「サカズキさんのためにご飯作るのは頑張れるから、がんばるね!」と言っていたのを思い出す。自分が帰ってこなければ意味がなかった。しかし帰りたいと思ったとしても、そう素直には帰れないのが現状。それでも今回の久しぶりの帰宅は、誰かの居る家のあたたかさを思い出すには充分だった。パッとつねる手を離してやると、なまえはすぐさま頬を撫でてサカズキを睨んだが、そんなものが効くはずもなく。それから少しだけうらみがましい視線を浴びて、ようやくなまえの機嫌は戻った。もとよりそんなに損ねてもいなかったが。再度ぴたりとくっついて、なまえは甘えるような目を向ける。これから何を言われるのかすぐに理解したサカズキは、どうやって回避するかと考えたのに、久しぶりにそれを受け入れてやろうかという自分がいるのにも気がついて、一人で静かに揺れていた。もう既に近づいてきている唇を拒否できないでいる。



191231 煮えたぎる愛